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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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希望の男:約束

ヘロドトスは、彼に好意を寄せる魔族の女性、ルナに“オリンポス”の隅々を案内されてその後の一週間を過ごした。魔境で暮らし始めてから半年も経っていたわけではあったが、ヘロドトスのまだ知らなかった名所は沢山あった。


「ルナとは、仲良くやってるようじゃないか」


その日ヘロドトスは、ラモンと茶会を開いていた。ラモンは、ヘロドトスが魔境上陸初日に連れてこられた、あの大型の建物に住んでいた。その中にある大きな庭園の中心にテーブルを広げ、二人は優雅で和やかなひとときを過ごしていた。


「何故、君がルナのことを知ってるんだい?」


ラモンがルナを話題に出したことに、ヘロドトスは眉を潜めた。


「何故も何も、ルナは俺の妹だ」


カップを口に運ぶラモンとは対称的に、ヘロドトスは危うくカップを取り落とす所だった。


「何だって?」


「ルナは俺の妹だ」


「――――――嘘だろ」


ラモンは無言でお茶を啜った。赤い色をしたその茶は、魔族の間では“紅茶”と呼ばれていた。


「それは―――――済まなかった、と言っておくよ」


「どうして謝る。あいつが楽しんでいるのなら、それでいいんだ」


ラモンはカップを受け皿に置くと、姿勢を正してヘロドトスを正面から見据えた。


「それで、だ。ヘロドトス。一つ頼みがあるんだ」


「急にあらたまってどうしたんだ?何でも言ってくれ」


「ルナの兄としても、魔王という立場からも頼みたい。どうか、ルナを幸せにしてやってはくれないか」


「――――ラモン、それはできないよ。私は人間だ。魔族の王の血を継ぐ由緒正しい君達アカドに仲間入りするのは、私には気が引けることだ」


「君が人間だと知って―――いや、君が人間だからこそ、そう頼みたいんだ。俺達魔族は、将来的には人類と和解して共存していきたいと考えているんだ。その第一歩として、君と魔族の誰かが結ばれることは、とても大きなことを意味する。勿論、一番には君の意思を尊重したい。けれども、もし君が我々を受け入れてくれるというのであれば、兄という視点からしても、アカドの血を継ぐ魔王としても、ルナと君が結ばれることが、最も望ましいんだ」


ヘロドトスはしばらく押し黙った。人間であるヘロドトスからしても、ルナは十分に美しかった。だが、だからこそヘロドトスは、自分にはルナは勿体無いと感じていた。


「ルナのことなら気にするな。あいつがお前に声をかけたのは、決して俺の差し金とかじゃあない。あれに関しては、俺も予想外だった。つまり何が言いたいかと言うと―――あいつは本気でお前の事が好きらしい。あいつのその心に、応えてやってはくれないか?これは魔王の血筋は関係ない。あいつの兄としての純粋な願いだ」


ラモンは両手をテーブルの上に添えると、ヘロドトスに向かって頭を下げた。


「頼む。この通りだ。どうか、あいつを幸せにしてやってはくれないだろうか」


「そんな――――ラモン、頭を上げてくれ」


「いいや。済まないが、君が受け入れるか断るかするまで、このままで居させてもらう。ヘロドトス、俺は真剣なんだ」


「―――分かった。分かったよ、ラモン。君の妹は、ルナは魔族の中でも抜けて綺麗だ。俺には相応しくない。でも、君やルナがそれを望むと言うのなら、私にそれを断る理由なんてないよ」


「そうか!」


ヘロドトスの言葉に、ラモンは顔を上げて喜んだ。こんな辺りが、兄妹何だろうな、とヘロドトスは感じた。


「聞いたか?ルナ。そこに居るんだろ?」


ラモンがヘロドトスの背後の草むらに声をかけた。


「何だって?」


ヘロドトスは驚いて振り返った。すると、草むらの影からルナが現れた。


「兄さん、勝手に話を進めないで頂戴。私は別に、ヘロドトスさんに無理を言ってまで結婚してもらおうなんて思ってないわ」


「それだったらルナ、どうしてそんなに頬を紅潮させてるんだ?」


「ッ!それは―――――その」


ルナがしどろもどろになる。


「私の事はいいんだよ、ルナ」


ヘロドトスは椅子から立ち上がるとルナに近付いた。


「君が嫌でなければ、私は一向に構わない」


「ヘロドトスはそう言ってくれてるぞ。お前はどうなんだ?ルナ」


ん?とラモンが首をかしげてルナを覗く。


「―――兄さんのイジワル!」


顔を両手で抱えると、ルナは家の方へと駆けて行ってしまった。やれやれ、とラモンは肩をすくめた。


「これじゃあ、あいつの意思がはっきりしないじゃあないか」


困った妹だよ、とラモンは立ち上がると、ヘロドトスの隣へとやって来た。


「いやいや、ラモン。今のは君の意地が悪いよ」


「なんだい、ヘロドトス。君はルナの味方をするのかい」


ヘロドトスは溜め息を吐くと、席に戻って紅茶を一口飲んだ。


「結局、色々と押し付けたみたいになっちまったな」


すまなかった。ラモンは再びヘロドトスに頭を下げた。


「気にしないでくれ、ラモン。私にとっても、願ってもないことだったさ。今、とても幸せだ」


「そうか。それならいいんだが―――――その割には、やけにあっさりしているように見えたもんでな」


「これでも、内心かなりドギマギしてるんだよ。平静を装っているだけさ」


「そうか」


ラモンもテーブルへと戻る。


「君とルナの幸せな未来を祈っているよ」


ラモンはヘロドトスに微笑みかけた。


「ああ、ありがとう、ラモン。ルナの事はきっと幸せにしてみせる」


「頼もしい限りだ」


二人はそれから、他愛もない世間話に興じた。

次回更新は水曜日です。

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