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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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希望の男:はじまり

扉を開けるのには、必要以上に力を要した。素材のせいだろうか、見た目以上に重い。扉を開けた先の足元からは、赤色のカーペットが伸びていた。ヘロドトスは、その先を目で追った。部屋の一番奥に設けられた豪勢な椅子の上に座った魔族の男と目が合う。


「ようこそ、人間」


ヘロドトスは部屋の中に足を踏み入れた。入り口際に兵らしき二名の魔族が立っていて、その二人が扉を閉める。


「そんなところに立ってるな。こっちまで来い」


腰を下ろした魔族の男がヘロドトスを手招きする。ヘロドトスはカーペットの上を伝って男の前まで出向いた。


椅子の上の男は、他の魔族と比べ、明らかに異質だった。これまでヘロドトスの見てきた魔族よりも1・5倍程背が高く、衣服の隙間から所々覗かせる筋肉は、密度からして異なった。


「この“オリンポス”という都市を見て、どう思った?」


男は最初に、ヘロドトスにそう尋ねた。


「素晴らしいの一言に尽きます。時の経過と共に形式を変え続けてきた我々人類の文化と違い、何百年と同じ形式の文化を保ちつつ、それが精練されている。文明の一つの到達点であると言ってよいでしょう」


「分かってるじゃないか。君とは仲良くやれそうだ」


さて、と男はヘロドトスを見下ろす。


「説明してもらおうか。君がここへやって来た目的と、その経緯を」


男に促され、ヘロドトスは語った。自身がこれまでの人生、人類領域の中で体験してきたこと。魔境へ赴こうと思い至った経緯。そしてその方法を。


「―――なるほどな」


ヘロドトスが語っている間、終始無言に徹していた男は、話が終わって初めて相槌を打った。


「大体の事情は分かった」


男は椅子から立ち上がり、ヘロドトスの横へと降りた。


「俺の事は、ラモンとでも呼んでくれ。魔境へようこそ、ヘロドトス・クライマン」


ラモンと名乗った魔族の男は、ヘロドトスに手を差し出した。ヘロドトスはその手を握り締めた。この日から、ヘロドトスの魔境での生活が始まる。


ヘロドトスが魔境に滞在している間、彼の世話をしたのは、“オリンポス”に住むタレス・ヘブラという魔族の男だった。タレスの家に下宿しながら、ヘロドトスは“オリンポス”を中心に生活を送った。魔族に古くから伝わる武術や工芸、農業など様々なものを、ヘロドトスは毎日のように体験した。魔族研究者でもあったヘロドトスにとって、退屈な日は一日としてなかった。


魔境に迎えられてから、半年が過ぎようとしていた。魔族は皆フレンドリーな性格で、唯一人間であるヘロドトスもすっかり町の雰囲気に溶け込んでいた。


そんなある日の事だった。


運命の出逢いは、穏やかな午後に訪れた。


その日、ヘロドトスは“オリンポス”の町中を行く宛もなくブラブラとさまよっていた。そんなヘロドトスの後をつける魔族が一人いた。


一時過ぎ。遅めの昼食を取ろうと、ヘロドトスは大通りのとある食堂へと立ち寄った。正午過ぎだったせいか、店の中は空いていた。


ヘロドトスは入り口近くのカウンターに腰掛けた。店長の日替わりメニューを頼み、料理が出来上がるのを待っているヘロドトスの隣に、一人の女性の魔族がやって来た。


彼女はヘロドトスにちらりと視線を送ると、ぎこちない動きで椅子に座った。


「今日一日、私の後をついてきていたようだけれど」


ヘロドトスは女性に話しかけた。彼女こそ、ヘロドトスの後をつけていた魔族の正体だった。


「何か御用でもありました?」


ヘロドトスは女性のことを知らなかった。女性はあわてふためいた。


「あ、えっと―――――その、あの―――」


女性の受け答えは、要領を一切得ないものだった。


「遠慮しなくて構いません。聞きたいことや話したいことがあるのであれば、聞きますよ」


お待ちどう、とヘロドトスの前に料理が置かれた。店員はついでに女性にオーダーを取った。


「あ、えっとー、同じものを――――」


女性はヘロドトスに運ばれてきた料理を見ながら答えた。あいよ、と店員は店の奥へと消えた。


「先にいただいてますよ」


冷めないうちに、とヘロドトスは料理に箸を付けた。そうして、食材を口に運ぼうとした時。


「あの!!」


女性が意を決したように声をあげた。


「あの!半年前に貴方がここへやって来た時から、貴方の事が気になっていました。それで――――その――――――――お、お付き合いしていただけませんか?」


「ブフォッ!?」


年甲斐もなく、ヘロドトスはむせこんだ。慌てて水へと手を伸ばす。二口水を飲んで落ち着いた後、ヘロドトスは確認を取った。


「えっと―――私は人間なんですよ?」


「はい。存じています」


「一応、魔族と人間は敵対関係なんですよ?」


「そんなことを気にして貴方と接している人は、この町には居ません」


「それでもまぁ、何と言いますか」


「迷惑―――でしたか?」


「いえ、そんなことはありませんよ。―――そうですね。私は特に構いません。が、貴方のご家族が何と言うか」


「家族はいいのです。いざとなれば、私がなんとしても説得してみせます!」


女性は力説した。


「まあ、そこまで言うのであれば――――よろしくお願いします」


ヘロドトスの返答に、女性は顔を輝かせた。

次回更新は土曜日です。

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