9th story ヴェーダ
それからは気味が悪いほど簡単に事が進んだ。ミケネさんとその護衛らしき男は俺を信用し、翌週、“ヴェーダ”の本拠地へと俺を連れていってくれた。“ヴェーダ”の本拠地は、地元から三十キロ程離れた農業地帯の一角にあった。表向きは米を主とした各種穀物の製造を行っている工場の建物の地下に案内される。
見かけない顔の俺を、すれ違う“ヴェーダ”のメンバーは興味深そうに眺めた。地下はしっかりとした作りになっていた。これで人類領域の全土を実質支配している“アクピス教”の対抗組織だと言うのだから、嫌でもその規模がうかがえる。俺が思っているよりも、“ヴェーダ”は大きな組織なのかもしれない。
俺はミケネさんに、一番奥の部屋へと案内された。他の部屋のものよりも少し大きい扉の前に立ち、ミケネさんがノックする。
「ニールです。シェル・クライマンを連れてきました」
中から応答はない。しばらくの沈黙のあと、目の前の扉が勝手に開かれた。魔法か?ミケネさんが率先して部屋に入る。俺はそのあとに続いた。背後で扉がしまる。
入り口の扉の大きさと比べると、室内は狭かった。いや、実際の間取りは広いのだろう。だが、所狭しと床に積み上げられた本が空間を圧迫している。本棚でも置けばいいのに。
「いやぁ、よく来たね」
本の山と山の間にポッカリと空いたスペースに、中年の男が一人座っていた。男は手元に開いていた本を閉じて適当な山の上に重ねると立ち上がった。
「ニール、もう大丈夫だ。下がっていいよ」
男性がミケネさんに言う。しかし―――と食い下がったミケネさんだったが、二言ほど男性が説得すると引き下がった。部屋の中に、俺と男性の二人だけが残る。
「さてと。自己紹介から始めようかな?僕はアタナシア・リウィウス。親しい人達からはリウィーって呼ばれてる。気に入ったら君もそう呼んでくれ。僕は“ヴェーダ”において、リーダーのような役割にある。もっとも、そうやって組織を支配しようとは思ってないんだけどね。組織では僕が一番強くて頭がいいから、とみんなは言うんだけど、そんなんでもない」
「シェル・クライマンです。未覚醒勇者で、“ヴェーダ”への加入希望です」
「うん。ニールから聞いてるよ」
リウィウスさんが別の本の上に積もった埃を払いながら答える。
「今回の魔族討伐隊に参加していたことも、そこで見たことも聞いた。―――――あの本のこともね」
あの本――――俺が魔境で見付けた“クライマン”の事だろう。
「“ヴェーダ”への加入については、僕は特に反対しないよ。ニールが君をここに連れてきたんだ。その時点で信用していい」
「ミケネ――――ニールさんを信頼しているんですか?」
「そうだね。僕は“ヴェーダ”のみんなのことを信じてるよ。“お人好し”とか“偽善者”とかよく言われちゃうけど」
リウィウスさんは、一冊の本をパラパラと捲りながら言う。
「まあ、やらない“善”よりやる“偽善”だよね。――――人の事を“偽善者”呼ばわりして、本当の“善”とは何かを説きだす様な人が一番“偽善者”たとも言えるけれど」
まあ、その辺はどうでもいいのさ。リウィウスさんはまた別の本へと手を伸ばす。
「それで、本題に入ろう。―――もしかして、あの“本”は持ってきてくれてるかい?」
「勿論です」
俺は肩掛けバックの中から“クライマン”を取り出す。リウィウスさんは俺に近付いてくると、その本を受け取った。
「フム―――」
パラパラとページを捲るリウィウスさん。しばらくして全てのページを捲り終えたリウィウスさんは、本を俺に返した。
「なるほど。これは興味が湧くね。特に三章の“魔族から見た人類”は、共存の可能性を感じさせてくれる内容だった」
え?
「もう読んだんですか?――――今?」
「うん。全部読んだよ」
全部!?この短時間で!?俺なんか丸々三時間はかかったのに!?
「よし、この分なら、他のみんなも君の加入に異論はないだろう。基本みんなフレンドリーだからね。心配しなくていいよ」
本当に、恐いくらいにとんとん拍子に話が進む。どこかに落とし穴とかないだろうな。
「まあ、ぶっちゃけた話を言うとね」
中年のおじさんが、ぶっちゃけた話をする。
「僕も今、かなり興奮しているんだ。君の持ってきたその“クライマン”―――僕達“ヴェーダ”にとって、とてつもなく大きな一歩への足掛かりとなる可能性があるんだ」
「―――と言うと?」
「うん―――何から説明すればいいかな―――。そうだな、シェル・クライマン君。君は、自分の祖父に何かおかしな話を聞いたことはないか?」
「祖父―――ですか?」
俺は記憶をたどる。祖父―――祖父、か。
ん?一つあるぞ?
「祖父から直接聞いた話でなくて、父から聞いた祖父の話なんですが―――」
「構わない。話してみてくれ」
「俺が未覚醒勇者でありながら、覚醒勇者の精鋭レベルのステータスだと言うことは聞いていますか?」
リウィウスさんが頷く。
「その力の元についての話です。何でも祖父が“人類の聖戦”中に魔族の血液を入手し、そこから作った“薬”を俺が誤って服用したことで、俺はこの力を得た、と」
「―――なるほど。――――ところで、君の祖父の家はこっちの方面だったよね?」
「ええ。まあそうですね。でも、何でそれを?」
「よし。それなら、今から君の祖父の家にお邪魔しよう」
「何故です?」
「大丈夫だ。その本のタイトルを聞いたときに、もしやと思って連絡は入れてあるんだ。今は家にいるはずだよ」
そう言う問題じゃなくて。俺は部屋を出ていこうとするリウィウスさんを引き留めた。
「何をしに行くんですか?」
リウィウスさんは振り返ると答えた。
「知りたくないかい?真実を」
次回更新は水曜日です。