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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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8th story 交渉3

目の前で繰り広げられている光景を、私は信じることができなかった。


「馬鹿―――な―――」


「どうしました?」


私の知る限り、人類最強の男を除けば一番の怪力であるはずの覚醒勇者の男が、何歳も年下の未覚醒勇者相手に、腕相撲で大量の汗をかいていた。男は決して手を抜いていたりはしない。言葉の通り全身全霊、全体重をかけているというのに、まだ十代のその青年の腕はピクリともしなかった。


「まだ諦めませんか?」


未覚醒勇者のその青年――――シェル・クライマンは退屈そうに欠伸した。


「なっ!なめやがって!!」


男が雄叫びをあげる。しかし、状況に変化は起きなかった。この青年は――――いったい何者?私は今日へと至る経緯へと記憶をたどらせた。


一年以上も前に取材を受けた“中央新聞”の記者、ガレノス・ボナパルトから連絡を受けたのは、およそ一週間前の事だった。再び取材の依頼かと警戒して電話に出た私だったが、その内容は取材どころか仕事絡みではなく、プライベートで会わせたい人物が居る、とのことだった。私は“反アクピス教”を掲げる“ヴェーダ”の一員でもあるため、人間関係に関しては気を使っていた。そのため、ボナパルトの“会わせたい人物が居る”という言葉に、私は警戒を強めた。しかし、次にボナパルトは言う。


「会わせたいという彼はね、“ヴェーダ”の意思にとても共感しているらしいんだ。そして、“アクピス教”含め全人類を敵に回すことになっても、“魔族との共存”という目的を成し遂げたいらしいんだよ。どうだ?会ってはみないか?」


「――――――過去に、その手で私達の内部を荒らそうとした教団の人物がいたわ。今回もその手じゃないのかしら?」


「確かに、“アクピス教”と関係がないとは言えない人物ではあるが、――――そこのところは安心してくれ。彼が“アクピス教”の手先なんてことは恐らくない」


「安心できない返答ね。―――――分かったわ。会うだけ会ってみましょう。ただし、いくつか条件があるわ。一つに、会うのは私達の指定した時間、場所に、その彼一人で来る事。それから、何か一つでも不審な点があれば、私達は即座にその場から撤退するわ」


ボナパルトはその条件を飲んだ。私は日時と場所を指定し、護衛を一人連れてその場へ向かった。指定した場所に居たのは、高校生くらいの青年だった。青年は一ヶ月ほど前に行われた“魔族討伐隊”に“勇者選抜者”として参加していたと言う。しかし、私が“ヴェーダ”から預かってきた簡易ステータスプレートで彼のステータスを確認したところ、彼は“未覚醒勇者”だった。“未覚醒勇者”が“魔族討伐隊”に参加などできるわけない。彼は“アクピス教”の手先か、そうでなくともまともな奴ではない。そう判断した私は、今回の話を無かったことにしようとした。しかし、彼が思いの外それに抵抗。護衛として連れてきた男が登場し、その後の成り行きで何故かシェル・クライマンと男が腕相撲をすることになった。


男にハンデのある条件での勝負だったが、男が負けるわけないと思っていた私は、ただその勝負を傍観する。しかし結果は――――


「参った。俺の敗けだ」


男の敗けだった。


負けた―――――?覚醒勇者が、未覚醒勇者に?


「ニール、こいつが未覚醒勇者ってのは、本当か?ステータスプレートが壊れてるんじゃねーのか?」


男が右腕を擦りながら私に尋ねる。


「どうゆう事?」


「こいつは本物だよ。討伐隊に選ばれたって何もおかしくねぇ。この分じゃ、筋力以外のステータスもかなり高数値だろうな」


プレートが壊れていた?違う。シェル・クライマンは、確かに自分が未覚醒勇者であると認めた。


「理解できないわ。シェル・クライマン。説明して」


「―――――ステータスプレートは間違っていません。俺は未覚醒勇者です。けれども、俺のステータスは何故か、覚醒勇者の精鋭と言われる人達にも匹敵する高さなんです。それが見込まれたのか、未覚醒勇者でありながらも、討伐隊に選抜されました」


私達は顔を見合わせる。男は頷いた。信用していい、ということだろうか。


「場所を移動しましょう。聞きたいことがあるわ」


私達は再び、待ち合わせたファミリーレストランへと戻った。


席に三人で落ち着き、それぞれが飲み物を手にしてから私は話を切り出した。


「貴方が本当に討伐隊の選抜勇者だったということは信用するわ。でも、それだけじゃ絶対に“ヴェーダ”には入れられない。―――――三つ。三つ以上貴方が“アクピス教”の手先ではないという証拠を見せられたら、“ヴェーダ”に加入できるように手を回しましょう」


「三つ――――ですか」


シェル・クライマンが思案を始める。本当に“ヴェーダ”の一員になりたいと思っていたのなら、これくらいの質問は簡単なはず。


「――――一つに、俺は選抜者として討伐隊に参加し、魔境を見てきました。そして、数十名の魔族の兵士を殺し、内陸の集落へと進みました。けれどもその集落で、“アクピス教”直轄の兵士含む討伐隊参加者は、非人道で無慈悲な虐殺を始めました。女も子供も老人も関係なく―――全ては“アクピス教”の教祖“ピシウス”の敵であると言う理由の下に。けれども、こんなものは絶対に間違っている。俺はこんな風に、何の罪もない魔族までも手にかけたくない。それが一つ目の理由です」


「―――成る程」


私は頷く。が、まだ動機にしては甘い気がする。これだけではまだ信用できない。


「次に“アクピス教”の思想そのもの。“ピシウス”を裏切ったと言う行為は、そんなにも罪なのか。千代以上も後の子孫までもがその罪を被せられる程に?どうにもそう思えないのです。彼等が狂信集団に見えてくるのです。例え己の思想が“悪”であったとしても、本人はそれを“正義”と信じて疑わない。それに嫌気がさします。――――――そして最後に」


シェル・クライマンは、持ってきた肩掛けバックの中を漁った。そして、中からある程度厚みのある本を取り出し、私達の前においた。


「これは?」


「魔族の集落で金庫に保管されているのを発見しました。人類の言葉で書かれている本です」


魔境に人類の言葉で書かれている本が―――?


「まずは、自身の目で読んでみるのが一番かと」


シェル・クライマンはその本の“序章”の部分を開いた。


一体、何が書かれているのか。


「“クライマン”その姓を持った人物が魔境を訪れ、魔族と一時生活を共にした時の話です」

お待たせしました。


次回更新は土曜日です。

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