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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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6th story 交渉

土曜日の午後、俺は町中の喫茶店でボナパルトさんと待ち合わせた。約束の時間の十分前に店に入ると、入り口のそばの席に既にボナパルトさんが座っていた。出てきた店員に待ち合わせしていたことを伝え、ボナパルトさんの対面に座る。


「早かったね」


ボナパルトさんが右腕に巻いた腕時計を眺めながら言った。


「十分前行動は基本ですよ」


特に冗談を混じえるわけでもなく、俺は答えた。ボナパルトさんに飲み物について尋ねられ、俺は前回同様“Brave”のラムネ味を注文した。


「もう一人の子は元気かい?」


店員が去っていった後、ボナパルトさんが口を開いた。きっと、ユグの事を尋ねられたのだろう。俺は頷いた。


「相変わらず、馬鹿やってます」


「そうか」


そこで一旦会話が途切れた。何だか気不味い空気が流れる。俺は思いきって本題を切り出した。


「それでですね、ボナパルトさん。“ヴェーダ”の事なんですが―――」


ちょっとまった、とボナパルトさんが俺の言葉を遮る。俺は口の動きを止めた。


「どうして君がその事を知りたいのかはこの際別問題としよう。だとしてもね、どうしても僕は君に教えたくないんだよ。これは非常に危険を伴う内容なんだ。君の今後の人生を大きく左右しかねない」


「それでも聞きたい―――と言ったら?」


俺の言葉に、ボナパルトさんは大きく溜め息を吐いた。


「確かに、僕は“ヴェーダ”についての様々な情報を知ってるけれど、これらは全部、何があっても絶対に口外しないと約束した上で内部の人間から聞いた事なんだ。そう言う事情も踏まえた上でも、僕から君に全てを話すことは難しいよ」


「なら―――」


俺が口を開きかけた所で、店員によって飲み物が運ばれてきた。俺はそれを一口飲んだ後に続けた。


「なら、“ヴェーダ”の人間を一人紹介していただけませんか?それで事は足ります」


「クライマン君」


ボナパルトさんは、目の前に置かれたコーヒーカップを脇へ移動させると、空いたスペースで肘を組んだ。


「もしちょっとでも、君がこの事に引け目を感じているようなら、もう止めにしないか?僕は本気で君のためを思っているんだ。“ヴェーダ”の考えが間違ってるとは僕は言わないよ。もしろ、彼等の言い分は正しい。でも、世の中はそうじゃないんだよ。必ずしも正しい思想が世の中を動かす訳じゃないんだ。世の中を動かしているのは、いつだって多数派なんだよ。“ヴェーダ”の味方をすれば、間違いなく多数派の“アクピス教”によって潰されるよ」


「本気なのは俺も一緒です」


俺も少し前方に身を乗り出しながら、ボナパルトさんに答えた。


「“アクピス教”の管轄下の兵や勇者達全てを敵に回しても、“ヴェーダ”の味方に俺は付きます。命の危険だって承知の上です。表をろくに歩けなくなるのも覚悟の上で、今日俺は貴方に会いに来ているんです。たかだか高校生の決意だからってなめないでくださいよ。勇者選抜者として戦場にも行った事のある高校生の決意です」


「君は――――選抜者だったのか―――?」


ボナパルトさんが目を見開く。俺は首肯いた。


「ええ。行ってきましたよ、魔境に」


「―――そうか」


ボナパルトさんは一度遠ざけたコーヒーカップを手元へ手繰り寄せると、一口中身を飲んだ。


「知ってしまったのか――――現実を――――」


「その口ぶりですと、貴方も知っているようですが」


「伊達に記者はやってないさ。過去に討伐隊に参加した事のある人間に、何人か取材したことがある」


ボナパルトさんは、カップをカチャリと音を立てて受け皿に置いた。


「皆が口を揃えて言ったよ。“あれは戦争と言う名の殺戮だった”って―――」


「それなら話は早いです。ボナパルトさん。貴方はいつまであんな無意味な虐殺を続けさせるつもりですか?その全ての原因は“アクピス教”にあるんです。“アクピス教”に代わって“ヴェーダ”が台頭すれば、その現実を変えることが出来るんです。そして、俺はそれを実現させたいんです」


「君の言い分は分かるさ―――だけど、世界がそんなに簡単だったら、誰も苦労しないさ」


「そういうありきたりな答えは求めてません」


俺は首を横に振った。


「ボナパルトさん、はっきり答えてください。――――――貴方は“どちら側”ですか?」


しばらくの間、ボナパルトさんは無言で何度もカップを口へ運んだ。俺は一言も発することなく、その一連の動作を眺めて答えを待った。


「―――――――――“ヴェーダ”だ」


カップの四分の三も飲み終えた頃、ついにボナパルトさんは答えた。


「僕は“ヴェーダ”の考えに賛成する。“アクピス教”の創る世界は馬鹿げている」


「なら、教えてください。“ヴェーダ”について」


ボナパルトさんは、今日何度目かの溜め息を吐いた。


「分かったよ。けれど、さっきも言った通り、僕から君に直接“ヴェーダ”の情報を教えることは出来ない。だから、“ヴェーダ”の内部の人間を一人紹介する。それでいいね?」


「十分です」


俺は頷いた。ボナパルトさんは胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、手帳に何かを書いて、破ったそれを俺に手渡した。


「僕の携帯の番号だ。明後日に電話を掛けてきてくれ。それまでに紹介の段取りをしておく」


「ありがとうございます」


俺はその紙を受け取ると、頭を下げた。


「それじゃあ」


そう言って、ボナパルトさんはコーヒーカップを掲げた。


「君の未来に幸あることを祈って」


俺達はコップの縁を合わせて鳴らした。

次回更新は土曜日です。

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