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Near Real  作者: 東田 悼侃
第三章 悪魔編
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5th story 不信

結局、サルゴンが討伐隊での一年間についての話を切り出したのは、俺が弁当を食べ終えてからだった。


「どうだった?一年間」


「まあ、色んな仲間と出逢えたからね。そこんところは“アクピス教”さまさまだな」


メルシスやナポレオンといった、この一年間で巡りあった友人達の顔を思い浮かべながら俺は答えた。


「訓練はどうだった?部活より厳しかった?」


「そりゃ勿論。最初の一ヶ月なんか特に、毎日体のどこかが筋肉痛だったよ。よく一年も乗り越えられたなって、自分で自分を褒めたいくらいだ」


今思い返してみてもそうだ。もう一度やってみるかと問われれば、できればもう二度とやりたくないと答えるような訓練だった。


「遠征はどうだったんだ?どれくらい魔族を殺した?」


サルゴンが笑顔で俺に尋ねた。俺は衝撃を倉って、唖然と口を開け放した。


「―――――どれぐらい....殺したか?」


サルゴンの質問を反芻する。サルゴンは笑顔を崩さないまま肯定した。


「ちょっと待てよ。おかしくないか?どうして―――――」


どうしてそんな風に聞ける?どうして魔族の事を、真夏に体にまとわり付いてくる無数の蚊のように表現するんだ。まるで、魔族を殺すことが当然のような、義務のような言い方をするんだ。


「どうした?シェル」


サルゴンは突然心配そうな表情になって、俺に尋ねた。違うだろ。何かおかしいよ。


「すまん。腹痛だ」


俺は何だかその場にいられなくなって、トイレへ向かうふりをした。大丈夫か?とサルゴンから声がかかる。俺はしかし、それには答えなかった。遠征から帰宅した時に“アクピス教”に抱いた不信感が、再び俺の中に募った。それどころか、まるでテストの点数を聞くかのように、殺した魔族の数を尋ねてきたサルゴンに恐怖すら覚えていた。


あくまで“ふり”をしたのであって、毛頭トイレに行く気などなかったのだが、部室を出た途端、胃の中から何かが込み上げてきて、俺はトイレに駆け込んだ。


しばらく便器と向き合った後、落ち着いてきた俺は思考を再開させた。


あいつは本当にサルゴンなのか?俺の知っているサルゴンなのか?俺は一年ぶりに再開した友人の言動を思い起こした。


「そうか―――」


トイレの個室で一人呟く。よく思い出してみれば、一年前からサルゴンはあんな風だった。あいつの思想は、一年前も既に“アクピス教”から多大な影響を受けていた。それどころかあいつは、もしかしたら“アクピス教”の信者かもしれない。


そうであろうと、そうでなくとも、あいつと俺は決して相容れないということが、今はっきりした。


やはり俺には、人間が魔族を嫌う理由がわからない。それは、俺の両親が魔族研究者であることも関係しているのだろう。だけど、そんなに、虐殺を楽しむ程に魔族を嫌わなくてもいいじゃないか。


俺は遠征時に発見した“クライマン”の中に書かれていた単語を思い出す。


“共存主義”


俺はきっと、これなのだろう。魔族を嫌い、魔族の排斥を進める“アクピス教”に対し、言うなれば“反魔族排斥主義”を理想とするのが俺。けれども、きっとこれは、全人類の中でも俺ぐらいしか―――――


いや、思い出せ。一学期、ユグとカラオケに行こうとして電車ジャックに居合わせた――――と言うか、突っ込んだと言うか―――時があった。その時にある記者に接触され、その彼から聞いた話。“反アクピス教組織”――――――名前は確か



“ヴェーダ”



“中央新聞”の記者のボナパルトさんは、確かそう言っていた。


反アクピス教――とは、どう言うことだろうか。これはイコールで“反魔族排斥主義”と結んでもいいのだろうか。仮にそうだとしたら、俺の本当の意味での仲間は、俺の目指すべき場所は、そこにあるのではないか?


ボナパルトさんから聞いた話だけでは何も分からない。そして、電車ジャックの件もあって、今もその組織が存続しているかどうかも分からない。そもそも、表立って行動できそうにない組織だ。ちょっとやそっと調べた所では、今持っている情報以上のものは引き出せないだろう。


“ヴェーダ”に接触しよう。


俺はトイレから出ると思い立った。そのためにもまずは、ボナパルトさんにまた話を聞かなければならない。



帰宅後、俺は“中央新聞”に電話を掛けた。窓口対応の女性がコールに応じ、その女性にボナパルトさんの在籍を確認してもらう。どうやら、まだ社内に居るそうだ。俺はボナパルトさんを呼び出してもらった。


「はい、お電話代わりました。ガレノス・ボナパルトです」


二分ほど待つと、電話口にボナパルトさんが出た。


「えっと、一年と少し前の電車ジャックの時にお世話になったシェル・クライマンです」


「あのときの高校生の子かい?久しぶり」


覚えていてくれたようだ。俺はホッとした。忘れられていたら、どう話を切り出そうかと悩んでいたのだ。


「それで、今日はどういった用件で?」


「えっとですね―――個人的にボナパルトさんとお会いすることは出来ますでしょうか?」


どういうことだ?と電話の先でボナパルトさんが困惑する。


「“ヴェーダ”についてお尋ねしたい事がありまして―――」


そこで言葉を区切り、ボナパルトさんの反応を伺う。ボナパルトさんはしばらく無言になった。


「一体、どうしてだ?」


やっと口を開いたボナパルトさんは、俺にそう尋ねた。


「“ヴェーダ”と接触を謀りたいんです」


俺は単刀直入に理由を答えた。嘘で飾っても、大して意味はない。


「――――余り、お勧めはしないな」


「分かっています。“アクピス教”を敵に回すのも覚悟の上です」


電話口で、ボナパルトさんは再び無言になった。


「この一年で、君に何があったかは知らないけれど――――」


一分ほどの沈黙の後、ボナパルトさんは意を決したように言った。


「君がそれに関しての一切の責任を負うと言うのなら、考えてみよう」


「お願いします」


間髪入れずに俺は答えた。

次回更新は水曜日です。

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