1st story 新たなる一歩
魔族とは、魔境に生息する人型の生物の総称である。これまでに討伐隊等によって目撃されてきた魔族の身長は平均して百七十センチメートル程で、体格は人類の一般人に比べるとがっしりとしたものが多い。これまでに人類は何度も魔族と接触を試みてきたが、その度に魔族によって魔境から追い払われているため、魔族について、また、魔境についての詳しいことは判明していない。集団で生活を成し、その性格はきわめて好戦的であることが推測される。
学術的事実を述べると、魔族と人類の容姿は、ある一点を除けばほぼ瓜二つであり、一時同じ種族なのではないのかと騒がれることもあった。その説は、現在は“アクピス教”によって否定されている。
人類と魔族を明確に区別するものは、その皮膚の色である。我々人類の皮膚の色は、周知の通り肌色系統であるが、魔族の皮膚は紫色をしている。
(「魔族研究」“一章 魔族の定義” ロヨラ・ソクラテス著 より)
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この書がいつか、人類と魔族の共存を実現させる者の手に渡る事を願って、ここに魔族の生態、文化について記す。
魔族の容姿については、人類の偉大な先賢者達の遺した数ある魔族研究書の中で最も信頼のおけるロヨラ・ソクラテス著者の「魔族研究」の一章“魔族の定義”を参考にすると良い。私がここに書き残すのは、人類には未だかつて知られていない魔族の生態などの情報である。
第一に触れておかなければならないのは、魔族の皮膚の色と戦闘能力の高さについてであろう。
これまでにも様々な憶測がなされてきたこの二つではあるが、その原因は実に“魔法石”にある。人類領域内でも比較的魔境に近い東部と西部の海岸付近の山岳地帯で採れる、魔力を秘めたこの天然物は、魔境には内陸部にまで及び無数に存在している。
この“魔法石”は、大気中に微量に含まれる“ペルシゲン”という物質を取り込み、内部にある核で魔力を生成し、それを再び大気中へと放出する。そのため、“魔法石”の多い魔境は、常に一定以上の魔力で覆われている。魔族は、この一定以上の魔力を吸いながら、浴び続けながら成長する。そのことによって魔族の体内には魔力が蓄積され、その蓄積された魔力を体内の特殊器官“燕臓”で生命維持のエネルギーに変換する。体内でエネルギーが過剰に作られることにより、魔族の戦闘能力は向上し、また、魔力を浴び続けることによる影響で、皮膚は紫色へと変化した。
また、人類史に度々登場する“勇者”のように、通常の個体よりも高い戦闘能力を有する個体が、魔族にも存在することがある。魔族はその個体を“戦士”と呼ぶ。
“戦士”は、通常の個体に比べ五倍程の戦闘力を持つ。人類の一般人と比較すると、十倍そこそこといったところになる。“戦士”の割合はおよそ百万人に一人の割合で、数としては微々たるものではあるが、そもそも母数の多い魔族であるため、結果的には一万人近い人数に上る。
“戦士”の出現する規則性を話すにあたって、最重要事項が存在する。
先述した通り、“戦士”は魔族の中でも飛び抜けた戦闘力を誇るわけではあるが、その“戦士”ですら圧倒してしまう“魔王”と言われる存在がある。
“魔王”は全ての魔族の祖と伝えられる“アカド”の純血を継ぐ、いわば直系の者であり、その力は“戦士”の戦闘力のおよそ千倍にも上ると噂されている。人類の一般人との比較では、実にうん十万倍にもなり、果てしないインフレーションが生じる。
しかし、この“アカド”の血には欠点があり、別の系列の血と混ざると、急激にエネルギーが抑圧されてしまうのだ。
仮に、“アカド”の直系をAとし、それとは別のB系列が交配したとしよう。これによって誕生した子孫AB系列は、直系に対して二分の一程にパワーが抑圧される。そして、このAB系列のが、再び別のC系列と交配し、ABC系列が誕生すると、このABC系列は、AB系列の二分の一、つまりAの直系の四分の一にまでパワーが落ち込む。こうして次々と血族が薄められていった結果、“戦士”が誕生するという仕組みである。
つまるところ“戦士”は、“魔王”の遠く遠い親戚であり、“アカド”の血を僅かながらでも、継ぐことの象徴であり、彼等にとっての誇りなのである。
話を変えよう。書き出しで私は、ソクラテスの「魔族研究」を参考にせよと述べたわけではあるが、あの書も不完全で、穴だらけであるため、信用していいわけではない。特に、魔族は好戦的であると推測される、という部分は、事実とは明らかに真逆である。
彼等魔族の性格はとりわけ温厚で、平和的である。人類よりも戦闘には特化した彼等ではあるが、争い事は極端に嫌う傾向にある。これまでの人類史を振り返っても、彼等魔族が人類へ攻めいった事は一度としてない。彼等は終始、防衛戦のみを展開してきている。
私が最も懸念するのは、魔族との共存を望む人類の誰かが、魔族を無闇に恐れることで、その理想の実現の妨げとなることである。だからこそして、私はこの場において、できる限りの大声で伝えたい。
魔族は決して好戦的ではなく、むしろ争いを嫌うのである、と。彼等はむしろ、人類との共存を望んでいるのだ、と。
しかし、だからといってソクラテスを責めてはならない。この事実は、魔族と実際に交流しなければ知り得もしない事実だったからだ。
さて、私はこれで出掛けなくてはならない。愛する妻と息子を連れて、人類領域へと帰る旅に出るのだ。
私達がこれまで共に過ごし、世話になってきた魔族の皆は既にこれを知っている。引き留めようとはこそしたものの、最終的にはその事を受け入れてくれた彼等の広い心には感謝したい。
問題は、人類側がこんな私達を受け入れてくれるかどうかである。人類領域への侵入は、そのセキュリティのために困難を極めるであろう。もしものために、人類側の旧友に頼んで、息子だけは絶対に生還できるように手続きをしてある。まだ言葉も解らない、幼い息子だからこその荒業ではあるが。
私たちの最後の綱は、この息子とそれに続くであろう子孫である。どんなことがあろうとも、この子だけは無事に生きて育たなくてはならない。
序論はこんなところであろうか。この本の印刷と特定者への配布は、魔族の中でも最も信用と信頼のおける者に頼んである。
執筆の最後に、あとがきではなく序論を書くというのも可笑しな話ではあるが、物事の流れがそうなっていたのでは仕方があるまい。後半は私情ばかりの文章にはなってしまったが、これでこの章を閉じるとしよう。
いつか、この書が人類と魔族の共存を実現させる者の手に渡り、ここに記された事柄が、その者の助けとなることを願って。
―――――ヘロドトス・クライマン
(「クライマン」 “序論” ヘロドトス・クライマン著 より)
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俺は本を閉じると、椅子に背中を預けて目を閉じた。
こんな出来事が、いつ起きていたのであろうか。いや、いつ書かれたのかはどうでもいいのだ。問題は、その内容なのだ。
「参ったな」
他に誰も居ない自室で、一人呟く。
第二防衛線である程度の戦果を挙げ、俺達“人類の聖戦”以来初の、新暦初の“魔族討伐隊”は人類領域へと凱旋した。人類史上初の第一防衛線及び第二防衛線の攻略に、人類はお祭り騒動を通り越して、大暴走の状態にあったが、俺の心はそれどころではなかった。
遠征中での一連の虐殺行為に、“アクピス教”への、人類への不信感が募り始めていた。これのどこが“正義”なのだろうか。何をもってして“大義”を叫んでいるのであろうか。
そんな矢先にこれである。
“魔族は、人類との共存を望んでいる”
正しいのは人類なのではなく、魔族なのではないのだろうか。そうとすら思えてくる。
両親との再開を喜ぶのも束の間。これじゃあ、また忙しくなりそうだ。
「――――よし」
俺は勢いよく立ち上がった。今は、嫌なことは全て忘れよう。明日は、久しぶりの学校だ。
第三章「悪魔編」始動です。本章は、「Near Real」の大きな転換期となります。次々と明かされる事実と共に、物語は大きく傾き始めます。
どれぐらいの長さになるのか全く予想できていないのですが、恐らく半年程度で完結するのではないかと予想。
これからも「Near Real」をよろしくお願いします。
次回更新は水曜日です