27th story 緋と蒼の狭間で
顔を上げてみれば、その惨劇は集落の至る所で繰り広げられていた。
シェルは瞠目した。この一年の間に、共に競い合いながらスキルを磨いてきた仲間が、楽しい時を共有した友が、強烈な憎しみをもって、魔族を蹂躙していた。
どうしてだよ―――何でだよ―――
手が震える。魔族達は無抵抗に殺されていった。青色の血が大地を染め上げる。その色は、建物から上がる朱色の炎と対称的だった。
何が、彼等をこんなにも憎悪に駆り立たせるんだ―――。ここまでする必要が、どこにあるんだよ―――
止めなくては。
俺は取り落とした銃を拾い上げた。その手が、背後から誰かに掴まれる。俺は咄嗟に銃口を後方へと向けた。
「落ち着け、シェル」
部長だった。俺は銃口を下ろすと、軽く部長の手を振りほどいて相対した。
「部長も―――」
俺は部長の肩に付着した魔族の血を見ながら尋ねた。
「それほどまでに、魔族を憎むんですか?」
「勘違いするな。俺は兵士以外に手をかけてはいない。それに、お前の気持ちも良くわかる。こんなのは、ただの殺戮だ」
その言葉に、俺は安堵した。部長はこちら側だ。
「でもな。この状況はどうすることもできない。誰も彼もが皆、興奮状態にある。下手に刺激するのは危険だ」
「じゃあ!!」
俺は部長の胸ぐらをつかんだ。
「黙って見てろって言うのかッ!!」
言葉が荒れたのは自覚しているが、そうは言っていられない。
「そうだ」
部長は冷たく俺に言い放った。部長もやはり、そっち側の人間なのか?俺に味方なんて居ないのか?握った拳に力が入る。
「俺やお前がこの殺戮を止めようと躍起になったところで、この数の覚醒勇者だぞ?何も出来ずに捕らえられる」
部長が俺の腕を握り返す。
「感情に流されるな。安易に死にたくなければな」
でも、だからって―――――――――――
「...何も――できないのか」
無力でしかなかった。いくら俺でも、一万人の覚醒勇者を相手取ることは難しい。いや、不可能だ。所詮、俺の力はその程度なのだ。人間一人の力は、こんなにも小さいものなのか。
俺は部長から手を離すと、地面にへたれ込んだ。
俺の考えが間違っているのかもしれない。俺こそが、人類からしてみれば“悪”なのかもしれない。だけれど――――弱肉強食が自然の掟だったとしても―――
「見過ごせないよ―――こんなの―――」
部長も俺から手を離すと、そのままどこかへと足を向けた。燃え盛る炎を脇に、俺は一人、世界から取り残された。
俺は立ち上がると、瓦礫の上に移動して再び腰を下ろした。眼前で燃える建物を無心に眺める。
ふと、瓦礫についた左手が固い何かにぶつかった。俺は視線を向ける。瓦礫の中に、青色が濃くかかった金属の箱が埋もれていた。 魔族の物だろうか。
魔族研究者の息子としての欲求が沸き上がる。俺は瓦礫の中からその箱を取り出した。
箱には錠前がかけられていた。何か、大事なものが入っているのだろうか。この程度の錠前なら、抉じ開けるのは朝飯前だ。片手で錠前を引きちぎると、案の定、バキッと音がして錠前は外れた。俺は箱を開けた。
中には、三冊の本が入っていた。俺は一番上に置かれていた本を取り出した。表紙には“人類言語”と書かれてあった。俺は落胆した。別に、貴重なものじゃない。そこらの書店で購入できるような、ただの本である。
「まったく。魔族の価値観は解らないな。何でこんなことを――――――――ッ!!」
こんな本を、なんで。俺は再び表紙を見直した。そこには、紛れもなく人類の文字で“人類言語”と書かれてある。
冷や汗が流れた。何故、魔族がこんな本を持っている?魔族の使用する言語と、人類の使用する言語は全くの別物であり、正史上、人類と魔族の間に良好な関係が築かれたことはない。魔族も、人類のことを研究しているのか?
俺は慌てて箱の中の残りの二冊も取り出した。その二冊は、どちらも魔族語で書かれていた。片方は、人類語に訳せば“人類の歴史”。そして、もう片方には――――
“クライマン”
俺の名字?いや、同じ意味ではないか?きっと、そういう単語が魔族語にあるのだろう。きっとそうだ。俺は震える指でその本の表紙をめくった。
<これは、人類が如何なる種族で、如何なる文化を築き、如何なる生活を送っているかを、人類の一員である私が魔族へと示す書である。>
やけに難しい文法が多用されているため、不完全ではあるが、序文の一行目を訳すと多方こんな感じだ。
「<人類の一員である私が―――>」
俺は文章中のその部分を、声に出して何度も指でなぞった。どうりで、魔族はこれを隠していたわけだ。
互いに相容れないとされてきた人類と魔族。この本がもし本当に人類の誰かによって書いたものだとなれば、二種族間に交流が行われた歴史があるということになる。魔族と交流した人物が、人類の中に居るということになる。
そして、その人物の名はおそらく―――――
“クライマン”
第二章 遠征編 完
第二章「遠征編」完結です。このタイミングで終わらせようかどうかは、ギリギリまで迷ったんですが、まあ第一章も二十七話で終わったことだし、区切りとしては良いかな、と思って、二章も完結となりました。
「遠征編」と銘打っておきながら、実際に遠征していたのはたったの四話で、あとの二十三話はずっと訓練していました。もう、「訓練編」ですね。とはいえ、この章で重要な部分は遠征中の最後の四話で、もしかしたら、途中の訓練の下りは全部いらなかったかも、とか言ったら怒られますので、あれはあれで理由があった、と言っておきます。
今回書ききれなかった部分もいくつかあるのですが、あんまり物語に影響の無いようなものなので、その辺は三章以降で追い追い説明していくつもりです。
次回から新章の第三章がスタートします。二章と違って三章は、無駄な内容も少なく、物語はどんどんと加速していきますので、これからもどうかよろしくお願いします。
次回更新は土曜日です。新章が始まります。