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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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25th story 運命の交錯

「あれが第一防衛線ってやつか?」


着陸地点から一時間ほど平坦な荒原を歩き続けると、遠く前方に灰色の壁のようなものが認識できるようになってきた。というより、ありゃ壁だ。事前に知らされた情報によれば、第一防衛線の壁の高さは二十メートル、長さ約百キロ。


これまで何度も人類の魔境進行を妨げてきた、文字通りの“壁”。


配備されている軍力は図り知れず。これだけの長さのものを、一体どうやって守っているというのやら。


この防衛線の一番の難点は、配備された兵器にある。百キロに渡って無数に点在する対空兵器。その対空兵器によって撃ち落とされた人類軍のヘリは数知れず。


今回、俺達が上空から空爆を行わないわけはそこにある。空からの攻撃なんざを計画すれば、逆にあの対空兵器によって撃ち落とされるのだ。それに、乗り物に乗っていては、折角の“勇者”の身体能力も生かせない。地上から圧倒的戦力で押し込み、防衛線を陥落させる。それが今回の作戦。


まあ、地上からでは、二十メートルの壁は結構面倒な足止めにはなるんだが、とはいえ数人で協力すれば全く登れないわけではない。


俺は一人ひとりに支給された短機関銃を握り締めた。これには殺傷能力がある。誰かに向けてこれを撃てば、撃たれたそいつは怪我をする。最悪、死ぬ。人を、魔族を“殺す”ために作られた武器。それの意味を理解した途端、銃はより一層重みを増した。


あの“キャンプ”の時にも、同じように銃は握ったけれど―――その時とは違った重み。殺せるし、殺される。


魔族の基本戦闘能力は、一般人類の二~三倍と言われている。“勇者”ではある俺達でも、対複数の状況に持ち込まれれば、充分“死”の可能性はある。


“殺す”か“殺される”か。本能以外の“殺意”の渦巻く世界へと、俺達は入り込んでしまった。


防衛線がその輪郭をはっきりと見せるようになった頃、壁の上に魔族の姿が見てとれるようになった。


その姿を目撃し、一万人がどよめく。


その姿は―――人だった。




人じゃあないか。身長は見た感じ百八十センチといったところ。手足が二本ずつ、耳もあって、口もあって、鼻もあって、目もあって、歯もあって、指も五本揃っていて、爪も生えていて、髪の毛もあって――――唯一、明確な違いがあるのは、皮膚の色ぐらいだ。


俺達人類は肌色なのに対し、魔族の皮膚は紫色をしていた。


けれど―――――それ以外は、俺達と何ら変わらないじゃないか。


知っていたさ。魔族と人類が似ているということは知っていた。俺の両親は魔族の研究をしている。家にある本をめくれば、大抵が魔族関連のものだ。その中に当然、挿し絵はある。けれど、それはこんなに人間に酷似していなかった。もっと醜く、まるで“化け物”であるかのように描かれていた――――


ふざけるなよ。


俺は思わず叫びそうになる。これじゃあ、なんのための研究だかわかんねえじゃねえかよ。俺の両親がやってることが、馬鹿みたいに思えてくるじゃねえかよ。


本物は違った。本物はもっと“人”だった。もはや、“人”そのものであるかのよう。


「狼狽えるな!」


上官が俺達に叫んだ。


「姿に惑わされてはならない。初めて目にする者には衝撃的かもしれんが、奴等は紛れもなく“魔族”だ。姿が似ているからと言って、中身まで同じだと思うなよ。奴等は凶悪だ。その内面は“化け物”だ」


分かっている。分かってる。――――だけど、これじゃあ躊躇うじゃないか。“人”を撃ってるみたいに思えて、躊躇うじゃないか。気付けば、俺の手は震えていた。


「いいか、相手は我々に気付いている。何か対策を練られないうちに、総攻撃を仕掛けるぞ!覚悟しろ!!今より此処は戦場だ!!」


上官の檄が飛ぶ。


「やってやるよ......ああ、やってやるさ。やればいいんだろ」


甘さは捨てろよ!シェル!やらなきゃやられるんだぞ!もう二度と、誰も失わないんだろ!?それだったら、こんなところで踏み留まってたら駄目だろ!誰一人守れないんじゃ、意味ないだろ!


俺は再び銃を握りしめる。


そうだ。俺がやるんだ。相手がどんな姿をしていようが、メルシスを、部長を、仲間を守るためなら。そのためなら、俺は鬼になる。“守る”ってのは、そういうものだ。俺はそれを決意したんだ。


「突撃ー!!」


プラトン長官が叫んだ。それは魔法使いの風魔法によって三万人越えの軍に隈無く届く。


その響きの余韻も残るうちに、兵の中から雄叫びが起きた。俺もそれに呼応する。その雄叫びは、数秒としないうちに全軍を包んだ。意識が高揚とする。腹の底から声を振り絞りながら、俺達は一歩、地を蹴った。


三万の軍勢が動く。


壁の上から見たその光景はきっと、壮絶なものだったろう。


一キロ近くあったその距離を、“勇者”である俺達一万人は瞬く間に詰める。


後ろからの勢いに負けて転ぶ者が、前方に何人かいる。だが、誰一人としてその者達に目を向けない。そんな余裕がないのだ。戦場を目前にして、冷静を保っている者は少なかった。


俺達が押し寄せるようにして壁の下へと辿り着くと、上方から魔族による迎撃が始まった。


上からの攻撃に、何人かが負傷する。だが、それでは俺達の勢いは止まらない。誰かが、鉤付きのロープを壁の上に引っ掻けることに成功した。そこから、壁づたいに俺達は壁の上へと流れ込んだ。


五回も壁を蹴れば、その跳躍力で俺達は壁の上へと手を掛けられた。そのスピードは、一般人の理解の範疇は裕に越えている。


俺の右耳を、流れ弾がなめた。ギリギリ反応して首を捻ってたお陰で、耳を持っていかれることは避ける。


――――戦場。




ここは戦場だ。

ちょっとおそくなりました。ごめんなさい。


ついに魔族と接触です。


次回更新は土曜日です。

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