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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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24th story 魔境へ

有り体に言えば、あっという間に四ヶ月が過ぎた、というやつだ。たいした出来事もなく、時間だけが過ぎていったとも言えるし、訓練に次ぐ訓練の多忙さに、時間を忘れていた、とも言える。どちらにせよ重要なのは、俺の体感じゃ一週間ぐらいしか経っていないと思っていたのに、気付いたら遠征に出発していた、ということだ。髪が垂直に立った金髪のフランス人が


「何を言っているのかわからねーと思うが―――」


と出てきそうだ。そんなフランス人居ないけどね。


そんなわけで、といっても、まだ大半の人が状況を理解してなさそうだが、兎に角そんなわけで。


新暦初の、“人類の聖戦”以来最初の“魔族討伐隊”は、魔族の生息する魔境へと、選抜勇者一万人と選抜魔法使い千人、それに軍の兵士二万人の総勢三万人越えの大軍で向かっていた。百人が乗れる超大型ヘリ三百と数十機が爆音を立てながら進む。重さのせいもあって、そのスピードは遅い。ひたすら飛び続けても、丸々二日はかかるそうだ。とはいえ、既に出発から一日が経っている。あと一日の辛抱だ。


「本当に良かったのか?シェル」


隣に座るクライヴさんが俺に尋ねた。ヘリに搭乗するにあたって、俺達は“ペルセポリス”の宿舎の部屋割りで分けて乗せられた。だから、俺の左右には同じ部屋のメンバー五人が座っている。


「良かったんですよ。後悔はしない」


俺はクライヴさんには目を合わせずに答えた。


「ん?何の話をしてるんだ?」


退屈していたメルシスが興味津々に俺達の会話に参加してくる。


「一昨日、遠征前日の夜さ、俺達みんな、家族に電話したじゃないか」


クライヴさんが、俺の顔色をうかがいながらメルシスに話す。ウンウン、とメルシスは肯定するように頷いた。


「その時に、シェルだけは電話をしなかったんだ。だから良かったのか?って」


「そうなのか?」


メルシスが俺に確かめる。俺は一言、ああ、と肯定した。


「何でだよ。これでしばらくは声も聞けねえんだぜ?」


当たり前だが、魔境には公共の電波は飛んでいない。人類領域との通信手段は軍の無線機だけだ。どれだけの時期がかかるのか分からない今回の遠征の前に、他の皆は、家族の声を聞きに電話を掛けた。けれども俺は、あえて両親やユグに電話をすることをしなかった。二人は、その事が不思議なようだ。


「別に―――」


仕方なく、というわけではないが、特に話す気でもなかった重い口を、俺は開く。


「深い理由はない。ただ、両親の声を聞くと、折角の決意や覚悟が鈍るんじゃないかって、躊躇いが生じるんじゃないかって、恐れただけです」

それに、何も言わずに出てきたって訳でもない。口では伝えられなくても、文字に起こせば伝え易くなるのが気持ちだ。


「そうか」


クライヴさんが頷いた。


「ありがとう、シェル。すっきりした」


クライヴさんが俺に礼を言う。その後には、不思議な沈黙が漂った。




暇潰しに他愛もない会話を続けていると、前方に座った上官の一人が、緊張した面持ちで声を張り上げた。


「いいか。到着予定時刻まであと一時間だ。なるべく魔族の防衛線からは遠い場所に着陸するが、何があるかは分からん。総員、装備の点検を行え」


ガチャガチャと金属の擦れ合う音が周囲から起こる。俺達も会話を中断し、それぞれ無言で装備の点検を始めた。


「話をするが、そのまま作業は続けろ」


上官が再び口を開ける。


「まさかこんな奴は居ないとは思うが、これまでの訓練と今回の戦いを同等視するんじゃないぞ。お前達が戦闘に優れている者達だとしても、力だけが全てではないのが戦場だ。経験から言わせてもらうが、戦場では何が起こるか本当に分からない。何が起こっても可笑しくない。“死”は常に隣にあると思え。決して油断してはならない。気を引き締めろ」


“死”


その言葉に、皆の緊張が一気に高まる。


これまでの史実からして、“勇者”が戦死することはほぼないように思われる。だが、だからといって俺達が誰一人として死なない可能性などないのだ。そもそも、一年間戦闘の訓練を受けているとはいえ、俺達は元は一般人として生活していたのだ。戦場における“勘”などは皆無。俺達選抜者には、誰にとってもこれが初陣だ。


―――――待てよ。


俺は気付く。俺達選抜者だけではない。軍の所属者の中にも、今回の戦闘が初陣だという人物は居るだろう。“人類の聖戦”は二十数年前の出来事。その事を考えると、年齢的にはあのヒデさんだって、今回の戦闘が初陣だという可能性もあるのだ。


いや、だけど、まさか負けはしないだろう。これだけの“勇者”と“魔法使い”が揃っている。相手がどんなに強かろうと、負けるわけがない。その点においては、絶対の自信を持っていいはずだ。




やがて、ヘリが下降を始めた。銃を握る手が、汗でヌルヌルと滑る。


ガタン、と衝撃がして、落下による不快感が消えた。


「着陸だ」


上官の一人が言う。


「全員、出口を向け。上陸開始だ」


静かな機械音がして、ヘリの後部のハッチが開いた。外から光が射し込んでくる。


俺は銃を更に強く握り締めた。


「周囲へ警戒しながら列になって外へ出ろ」


上官の言葉で、ゆっくりと前方が動き出す。


いよいよだ――――――始める。新暦初の戦いが。




歴史が動く。

ついに遠征が始まりました。二章の二十話半ばにして、やっと章題が生き始めました。


魔境へ上陸を始める新暦初の“魔族討伐隊”

“豊作の時代”の恩恵により、歴代最強の戦力の彼らを、果たしてどんな運命が待ち受けているのか―――――



次回更新は水曜日です。

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