23rd story 満月の下
「みんな、ごめん。勝てなかった」
草原の中央に立つ俺と部長に駆け寄ってくる六十六組の仲間に、俺は謝った。
「何言ってんだよシェル。負けなかっただけでも上出来だ!あいつが凄すぎるんだよ!」
フリーメル先輩が俺の肩を叩く。小さくて頭には手が届かないのだ。他のメンバーも口々に、仕方ない、と俺を励ましてくれた。
「強すぎるんだよな、あいつ。ヒデ・ヤマトにも引けを取らねーんじゃねぇのか?」
皆が部長の方へ目をやる。が、部長の姿は八組のメンバーに遮られて見えない。
「この世代じゃ、あいつとお前が頭一つ分抜けてるからなぁ」
フリーメル先輩が呟く。自分も部長と同じレベルに語られたことに、俺の頬は緩んだ。
「二組同時とはいえ、優勝に代わりはない。そういう意味では、俺達は勝ったんだ」
さて、とフリーメル先輩が背を伸ばす。
「胸張ってさ。勝利の凱旋といこうぜ」
その日の夜、俺は寮の部屋を一人抜け出すと、長官室に向かった。表彰の時に、密かに長官に呼ばれているのだ。
すでに決心は固めてある。俺は少佐の地位を断る。
軍事関係者宿舎の一階奥の長官室の扉を、手の甲で三回ノックする。どうぞ、とゆったりとした返事が返ってきてから、俺は扉を開けた。相変わらず、趣味の悪いものばかりが陳列された壁を横目に、長官に名を名乗る。
「魔族討伐隊の選抜勇者のシェル・クライマンです」
来たか、と何らかの書類に目を通していた長官が顔をあげた。
「そんなところに立っていても話しづらいだけだ。こっちへ寄れ」
長官は自分の座る机を示した。俺はそこへ従う。
「それで―――君とは優勝後の少佐の階級を約束していたわけだが、今日、予想外に二組のチームが同時優勝してしまった。その事について、君はどう考えている?」
「その約束についてなのですが長官、私から一つ話さなければならないことがあります」
「ほぉ」
長官が眉を潜める。
「私の質問に答えることよりも優先するか」
「どうしても――――です」
俺は長官の威圧に負けないよう、拳を握りしめながら答えた。得体の知れない恐怖のようなものが押し寄せてくる。平常心を保つだけで精一杯だ。
「そえか。なら君から話すがいい」
俺は頭を下げると、少佐の地位を断らさせてもらいたいことを長官に告げた。
「何故だ?訳を教えろ」
長官の目付きが鋭く、険しいものになる。俺は震えだした体を長官に悟られないよう何とか鎮めて答えた。
「今回の決勝戦で、私はチームの指揮権を仲間から託されました。私も最初は、“少佐の地位を戴いたときのための予行演習”と考えて引き受けたのですが、戦闘が進むにつれ、直ぐに自分の指揮に手詰まりを感じるようになりました。自分の指揮が正しいのか、疑問に思ってしまいました。その挙げ句、最後に私は、指揮権を別の仲間に委任しました。放棄しました。こんな私が本当の戦場で指揮権を持てば、軍の敗けは必至です。軍のためにも、私のためにも、誰のためにもなりません」
俺はただ訴えるしかなかった。こんな理由で長官が納得してくれるかは分からない。だが、嘘の通る相手であるようには思えない。
「こんな迷った気持ちで部下を授かっても、ただ闇雲にその部下の命を危険にさらすだけです。俺の少佐の地位は重すぎます」
残りの言葉を一息に言うと長官を見た。長官目の焦点をどこに当てるわけでもなく、キョロキョロと視線を動かした。
「正直な話をするとな」
長官が口を開いた。
「私も迷っていたのだよ。此度の同時優勝についてな。少佐の地位を君に約束するとき、優勝という条件を提示したのは、それに見合う力が君にあるのかを見定めるのも理由の一つではあったが、実はもう一つ、他に理由があったんだよ」
長官は一呼吸おいてから再び口を開いた。
「仮に、無条件に君に少佐の地位を与えていたとしたら、俺は目に見える反発を買うことになる。最悪、失墜に繋がりかねん。当然だ。まだ何の成果も出していない若造が、いきなり少佐の地位をもらうのだからな。反発がないほうが可笑しいだろう。それを少しでも軽減するために、優勝を条件にしたのさ。優勝した組の一人に君がいたのなら、その活躍を理由に階級を与えることができるからな。しかし、意に反して同時優勝となってしまった」
長官は椅子から立ち上がると、机を回って壁際の棚を眺めて歩いた。
「百何人と居る勇者と魔法使いの中から、一人だけが少佐という地位を与えられるのもどうかと思ってな。それこそ反発を買いかねない。実は、君には少佐の地位を諦めてもらおうかとも考えていた所だったんだ」
長官が棚の中の瓶を一つ取り、机に戻る。
「約束を反故にするのは心苦しいものであったんだがな――――君が辞めたいと言うのなら、正直ホッとするよ」
長官は瓶を部屋の照明にかざして中身を眺めた。何だか嫌な予感がして、俺はそれに目を合わせないようにした。
「もう少し軽い階級、かなり階位は下がるが、兵長だとか、その辺りを君に任せようとも考えていたんだが―――君がそう言うのなら、無理にやらせても仕方あるまい。君はつまり、一兵卒として働きたいんだろ?」
俺は頷いた。
「分かった」
ふぅ、と一息吐いて、長官は瓶を机の上に置いた。
「それじゃあ、少佐はまた別に見付けるとしよう。帰っていいぞ」
俺は敬礼で返すと、一礼してから部屋を出た。
関係者宿舎を出た後、一度入り口を振り返る。
これでいい。これでいいんだ。
踵を返すと、俺は部屋へと戻った。
五月はじめの満月が、頭上から“ペルセポリス”全域を照らしていた。
あと四ヶ月......
布団の中で俺は思う。あと四ヶ月で遠征だ。
―――もうすぐ、決着がつく。
気付いたら、前回で五十話だったんですね。驚きです。正直、こんなに続くとは思ってもいませんでした。
さて、ついに模擬戦闘にも決着がつき、遠征まであと四ヶ月となりました。この先でシェル達を待ち受ける運命や如何に!
次回更新は土曜日です。