4th story 競争
「準備運動はいいのか?」
無数の視線が、俺達二人に集まる。俺はコース上に立つシス・ムガルに尋ねた。
「ふん。君になんかじゃ、こんなハンデでも足りないぐらいだ。最初に言っておく、俺はかなり早い」
参ったな、本気のこいつを潰すからいいいのに。少しかまをかけてみるか。
「それで?もし俺に負けたらどうするんだ?準備運動をしていないのを言い訳にするか?」
「何を勘違いしている。まさか本気で僕に勝てると思ってるのか?」
「あのなぁ。もし、って言っただろ?仮定だよ、仮定。それにさ、ここにいるやつらに“勇者適性者”の実力を見せるんじゃないのか?なんだ、勇者ってこんなんなんだ、って思われたいのか?」
「ふん。分かったよ。なら本気でやってやる。二度と走りたくないって思える程、惨めに差をつけて勝ってやる」
シス・ムガルがストレッチを始める。俺も、もう一度足をほぐした。
トラックの周囲は静まり返っていた。さっきまで聞こえていた他会場での喧騒も、今は聞こえない。どうやら、今測定をしている全員が、俺達の競争を見に集まっているようだ。いや、シス・ムガル、“勇者”の適性を持つ者を見に来ただけか。きっと、俺の勝負はおまけだと思っているのだろう。隣のシス・ムガルも、満更でない顔をしている。
「いいかー!?お前らー!」
五十メートル先のゴール地点で、スサノオ先生が声を張り上げた。俺らは先生に無言で手を挙げ合図を送ると、スタート位置についた。
「いくぞー! よーい!」
俺はクラウチングスタートの姿勢をとる。シス・ムガルは、立ったままかけっこの“よーい”の姿勢だ。ダサい。
バン!!
空砲が響く。それを合図に、俺とシス・ムガルは飛び出した。
おお、あの体勢からスタートしたってのに、かなり速いぞ、シス・ムガル。流石、勇者の適性者なだけある。並の人間じゃ、どんなに鍛えても勝てないな、あれ。
でも......それは、相手が並の人間の時の話だ。
ゴールが近付く。シス・ムガルは俺の後方だ。勝った。視界の隅、先生がストップウォッチを止めるのが目に入る。ゴール後に流して帰ってくると、シス・ムガルが行きを切らしながら呆然としていた。周囲も、ポカンと口を開けている。
「馬鹿な.......僕が負けるなんて......“勇者”の適性を持つ僕が......ありえない.....」
ぶつぶつとシス・ムガルが虚ろな目で呟く。俺は先生の元へ向かった。
「先生、タイムは?」
俺の言葉に、ハッとしてストップウォッチを見直す先生。
「い.......一着、シェル・クライマン.......2秒48......」
うん、想像より一秒ぐらい速いな。少し驚いた。さて、それで?と、俺はシス・ムガルの方を向く。
「彼は?」
「4秒.....16」
先生が答える。俺は頷いた。
「どうする?これで終わりか?」
ヘタリと地面に座り込んだシス・ムガルの肩に手をかける。
「き.....気安く僕に触れるな!!」
シス・ムガルかわ俺の手を払い除ける。おうおう、まだ元気じゃねえか。
「み......認めないぞ.......この僕が下民に負けるなど.......断じて認めない.....」
「じゃあ、他にも勝負するか?」
今ので、大体こいつの実力が分かった。こいつになら、俺は負けない。
「い、いいだろう。次こそ負かしてやる......今のは偶然だ...」
偶然って、おいおい。君の中じゃ、俺は只の一般人じゃないのか?一般人がどうやったら五十メートルを二秒台で走れるんだよ。どれだけおめでたい頭してるんだ?
俺達は次の測定会場へ向かった。
握力 俺 測定不能(計器破壊) シス・ムガル 173.2㎏
反復横跳び 892回 176回
ハンドボール投げ 637m 86m
上体起こし 248回 65回
立ち幅跳び 17m28㎝ 4m12㎝
長座体前屈 60㎝ 34㎝
シャトルラン 921回 368回
「嘘だ..........この僕が.......下民に一つも勝てないなど.............」
顔面蒼白となって、シス・ムガルは立ち尽くした。正直、俺も驚いている。ちょっとやり過ぎた感の否めない数値だ。いわゆるチート的なやつなんじゃね?これ。
周囲のクラスメイトは、もう途中で呆れていた。一人だけ興奮している、ユグノ・サンバルテルミとかいう奴がいたが。
「満足したか?満足したら、もう帰れ」
俺はシス・ムガルに言った。シス・ムガルはダークスーツの、おそらくボディーガード的なやつの男達に支えられながら立ち上がった。
「調子に乗るなよ。この借りはきっと返してやる.......覚えてろよ」
「いや、わざわざ返してくれなくてもいいよ。だから、もうこっちにはこないでくれ」
学校から出ていくシス・ムガルを、俺はヒラヒラと手を振って送り出した。
途中、握力測定器を粉砕しちまうというハプニングもあったが、まあ結果オーライだ。
さて、ユグの測定を手伝うとするか。
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