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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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18th story 早朝

目覚めれば、外はまだ闇に包まれていた。俺は枕元に置いてあるスマートフォンで時間を確認する。午前五時二十四分。昨夜も目が冴えてて、結局眠りに入れたのは、布団に入ってから三時間後の十一時半過ぎだったから―――大体六時間の睡眠か。


最近は七時間ほど熟睡することが多かったから、いつもよりは少ない睡眠時間だったことになる。二度寝しようにも、頭が冴えちまって、もうそれどころじゃない感じだ。まあ、コンディションってのは睡眠が全てじゃないからね。睡眠がその要素のかなり大きな部分を占めていたとしても、それで全てが決まる訳じゃないからさ。


ロイドが寝返りを打つ。敬称が消えてるのは気にしないでくれ。おおよそ、六十六組の時と同じような事情だ。



.......暇だ。何とか二度寝できないかと、羊を数えてみていたが、たった今、一万匹を越えた。柵の外では、まだまだ沢山の羊が控えている。全体の百分の一も数えたかな?


ええーい。止めだ。こんなこと。俺はベッドから起きると、みんなを起こさないよう、極力音をたてないで運動できる服装へ着替えた。グランドに出て、少し体を動かしてこよう。


そっと部屋を抜け、宿舎を出てグランドに降りる。軽くジョギングを入れて体を暖め、ストレッチで関節やら筋やらを伸ばす。うん。特に痛みがあったり、違和感のある部位はないな。


グランド一周でもするか。そう思って屈伸をしていると、


「あれ?シェルじゃねえか」


グランドの外から声をかけられた。振り向いてみれば、俺と同じように運動できるような格好をした部長が立っていた。


「ああ、どうも。おはようございます」


おはよう。部長がグランドへ降り、俺の隣にやって来る。


「緊張して早く起きちまったか?」


俺の横で背を伸ばしながら、部長が尋ねてくる。


「まあ、そんなところです。部長は?」


「俺?俺は日課だ。毎朝ジョギング。で、飯を食う前に軽く筋トレ。高校一年の時から続けてるぞ」


流石、努力する天才は違う。


「まあ今日はシェルもいるし、ゆっくり走るか」


あれ?一緒に走ることになってる?いや、俺もその気で居たけどさ。お互いにこう何か、一緒に走っていいか?とか聞いたりさ、そういう手順が入るものじゃないのか?まあ、それが省けたっていうなら、それに越したことはない。とやかくは言わなくていいだろう。


「今回はどんな作戦なんだ?」


走り出してすぐ、部長が尋ねてきた。


「それ聞きますか?教えませんからね」


そりゃそうだな、と笑う部長。何だか、こういう平和な感じの時間は久しぶりだな。ここ最近はいつも、模擬戦闘の事でピリピリした空気が流れていたし。


「どうだ?入隊してから、少しは強くなったか?」


「そりゃあ。強くならなきゃ困りますしね。もう部長には負けませんよ」


「お、言ったな?今からやるか?」


「今ですか?それはまた後に取っておかないと」


「分からないぜ?俺等が直接ぶつかるとは限らない」


「ぶつかりますよ、きっと」


実際、俺が部長と一対一で勝てるかどうかは、微妙なところである。数字だけ見れば、俺と部長のステータスは、かなり差をつけて俺が上回っているが、部長は知識と技術、そしてセンスとか勘とか言ったものがずば抜けている。


十分ちょっとで、グランドの半分程まで来た。ペースとしては遅い方だ。


「後四ヶ月で遠征なんだぜ?」


不意に部長が口を開く。


「―――そうですね。行きたくないですね」


「本音を言えばな。でも大丈夫さ。死ぬことはそうそうない。なんたって、これまでの歴史の中で、勇者が魔族との戦争で死んだ記録は一度もな――――――くはないな。一人居たな」


居るんかよ。


これだけ多くの覚醒勇者が揃って魔族とぶつかるのは、人類の長い歴史を見ても、これが初である。間違いなく、歴史に残る一戦となる。


「ま、そうだな。戦場に出ちまえば、勇者だろうとそうでなかろうと関係ないさ」


部長が呟く。前々から思ってたんだけどさ、俺等って“勇者”を名乗っていいのかな。人類の中に稀に見る、救世主のような存在が“勇者”なんだよな?この“ペルセポリス”の中だけで、既に一万人以上居る存在の、つまり当たり前に居るものを“勇者”って言うのは、果たして正解なんだろうか。


「もっと言えば」


俺の思案を知る由もない部長は、話を続ける。


「“アクピス教”だとか何だとかも、関係なくなるんだよな。命の取った取られたに、宗教なんざ要らねえだろ。戦闘中に祈ってる余裕なんかあるかよ」


“アクピス教”


久々にその名前を聞いた。よく思い出せば、この“魔族討伐隊”って、“アクピス教”の軍事部なんだよな。軍の教育の中には“アクピス教”の教えが色濃く見えたりはしなかったから、特にこれまで何とも思わなかったけど。俺って今、“アクピス教”の管轄下?


「気楽に居ろ、ってのは、なんか変だよなぁ。それでも戦争なんだし。――“勇者”だからって、あんまり背負い込むな、かな?」


「背負い込んではいないですね。一万人も仲間が居ますし」


「そうだな。その心配はなさそうだな。そもそもシェル、俺にはお前が死ぬってことが想像できねえぜ?」


それはお互い様でしょう。


「でも、死ぬときは呆気なく死ぬんだよな」


脳裏にアグル先輩達の顔が浮かぶ。彼等はあっさりと、実に呆気なく、まるで自然の摂理であったかのように死んだ。唐突に、自然に、当然であるかのように、全然、何の脈絡もなく、突然、忽然として、彼等はその尊い命を落とした。失った。


昨日まで、どころの話ではなく、さっきまで、つい数分前まで一緒に行動していた、会話していた人物が数分後には骸と化していた。余りにも衝撃的な惨劇だった。


「シェル、ここで約束しようぜ。例えどんなことがあっても、俺達は死なずに生還しよう」


「思いっきり、むしろ清々しいくらい勢いよくフラグ立てないで下さいよ。何かもう、既に帰ってくる気が無いように聞こえますよ」


「いやいやいや、何を言うかクライマン君。このフラグを乗り越えることで、俺達はもっと強くなるんだ」


「全然わかんないです、部長。それに――――多分、その発言もフラグです」


この人、天然?それとも一級建築士?ともあれ、こればかりは、フラグが確立しないことを祈る。


グランドを一周走り終える。


「それじゃあシェル、また後で。優勝は俺達がもらう」


そう言って、部長はグランドを出ていった。


決勝開始まで、後三時間だ。

次回更新は水曜日です。

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