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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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11st story 揺らぎ

ロバを走らせるのに、目の前に人参をぶら下げろ、とはよく言うものだ。実際にそれでロバが走るのかという、とやかくの疑念は一先ず置いておこう。だが、例えそれでロバが走らなかったとしても、飢えた“人”は走る。


今の俺が、まさにその良い例なんだろうな。


“階級”つまり軍部内での地位に飢えていた俺の前に、“少佐”という豪華で、突飛的な餌が吊り下げられた。当然、俺はそれに飛び付こうとする。飛び付いて、奪い取ろうともがく。


その光景は、餌を吊り上げている上の人間からしたら、滑稽以外の何物でもないだろう。だが、それでいい。

いや、言い直そう。それでもいい。


俺にとって重要なのは、周囲からの評価ではないのだ。目の前に下げられているこの地位が欲しいのだ。



―――――――――――――――――


ここ数ヵ月間の俺達の生活の流れは主に


六時起床―二十キロランニング―七時朝食―基礎体力トレーニング―銃器類訓練―一時昼食―体術訓練―戦術学習―体力トレーニング―八時夕食―自由時間―十時半就寝


となっている。一応、週一日、完全休暇もあるのだが、それにしたってキツいスケジュールだ。


訓練の始まった当初は、上官もまだ緩めにスケジュール設定はしてくれていたが、それでも連日、筋肉痛やら寝不足やらに悩まされる日々。


一つだけ助かったのは、連日全身の筋肉をくまなく鍛えるのではなく、上半身を鍛える日だったり、下半身を鍛える日だったりと分けられていたことだ。何でも、筋肉痛の時に負荷をかけると、筋肉が破壊されるらしい。


それでもキツい事に変わりはないんだけどね.....?


そういえば、最強に最も近い男、と自称していたルージュ・ナポレオンなんだけど、訓練初日の体力測定での俺の結果にショックを受けたらしく、その座を降りた。


何かとある度に、俺の事を周囲に吹聴して回っている。あいつはきっと、世界を変えるだろう、と。


お陰さまで有名人だ。ただし、尻尾に色々タグが付いて、だけれど。


正直なところ迷惑だし、止めろと何度も言ってるんだが、全く悪びれる様子のないナポレオン。というか、悪いと思ってないんだな。


俺は正しい、って信念を曲げないのは良いことなんだけどさぁ。


その事に、俺は医務室のベッドの上で溜め息を吐いた。


驚いた?驚いたでしょ。何を隠そう、俺は今、医務室で寝ている。気付いたら、ここに寝てました。


その前までは、午後七時からの体力トレーニングをしてた記憶があるんだけど........


医務室の職員のおばちゃん曰く、俺はトレーニング中にぶっ倒れたらしい。睡眠不足に栄養失調。後は疲労が原因だと。


あれ?俺の体って柔い?


兎に角、そんなわけで俺は、この医務室に搬送されたらしい。大事に至らなくて良かったよ、とは、医務室のおばちゃんの台詞だ。


そういえば、目が覚めたとき


「知らない天井だ」


と、どこかの十四歳が言いそうな事を呟いたのは、秘密な?黒歴史確定だから。


「ここにご飯持ってきてあげるから。それ食べたら、後はもう部屋に帰って寝なさい」


医務室のおばちゃんが、机の上で仕事をしながら俺に言う。


「それと、明日の朝のランニングもなし。七時までしっかり寝てなさい。上には私から連絡しとくから」


その時、誰かが外から医務室のドアをノックした。おばちゃんが返事をする。


失礼します、と医務室に入ってきたのは、メルシス達2365号室の五人だった。


「シェルのお見舞いにきたんスけど......いいですか?」


メルシスがおばちゃんに許可をとる。馬鹿騒ぎはしないでね、とおばちゃんはお見舞いを許可した。


「おお、シェル。起きたんか」


お礼を言ってから、メルシス達は俺の寝るベッドまでやって来た。


「もう大丈夫なんか?」


他の四人も顔を覗かせる。


「ああ。疲れてたんだとさ。休めば大丈夫らしい」


「そうかい。なら良かった」


ホッと安堵の表情を見せるメルシス達。心配させてたのかと思うと、少しすまない気もする。


「かなり頑張ってたもんな、シェル。ちょっと頑張りすぎたみたいだけど」


クライヴさんが言う。頑張ってた?俺が?


「だな。クライマン一人だけ熱の入りようが違った。流石だ。将来人類を背負う男は、やはり別格だ」


クライヴさんに同調するナポレオン。


「そうですか?俺は、みんなと同じぐらいだと思ってたんですけど....」


ナポレオンの発言は置いといて、クライヴさんに聞き返す。


「頑張ってたよ。誰から見ても分かるくらいにね」


とクライヴさん。


そうなのか。


俺は視線を天井に移した。


知らず知らずのうちに、力が入ってたかな。


「ところでどうだ?どれぐらいで戻れそうなんだ?」


メルシスが俺の顔を覗き込んだ。


「この後すぐ戻れるってさ。部屋で待っててくれ」


「分かった。ま、無理はすんなよ」


それだけ言うと、メルシス達は医務室を出ていった。




――――――――――――――――――――


しばらくして、医務室のおばちゃんから頂いた夕飯を食べていると、今度は部長が来訪してきた。


「どうだ?調子は」


「もう大丈夫っす。心配かけさせて済みません」


「まあな.........それにしても、だ。シェル」


急に、部長のトーンが落ちた。本気モードの時のあれだ。俺は箸を止めて、部長を見た。


「お前、何をそんなに焦ってるんだ?」


内心、ギクリとする。


「お前が唯一の未覚醒勇者っていっても、実力は随一、いや、どころかずば抜けてる。それはお前が一番理解してるんじゃないのか?」


「あの.........それは......ですね......」


良い言い訳が思い付かない。まさか、長官との一件を話すわけにもいかないし。


「まさかとは思うけどな。お前....まだ引き摺ってるのか?あのキャンプでのこと」


図星。


俺は思わず、視線を部長から背けた。


「不可抗力、とは言わねえ。仕方がない、とも言わねえ。でもな―――――引摺りっぱなしじゃ....駄目だろ」


部長の言葉が詰まる。俺はハッとした。あの事で頭を悩ませて、苦しんで―――――決心したのは、俺だけではないのだ。部長だって、サルゴンだって。武術部のみんなは少なくとも、全員が悩んでいるはずなのだ。


俺だけだ。独りよがりに、勝手に自己完結させていたのは。


「シェル、お前なら分かってくれるだろ?助けられた可能性があったが故の.......後悔」


部長だって、俺と同じように悩んでいた。決心していた。いや、部長の方が、俺より先輩達と付き合いが長い。部長はきっと、俺よりも悩んでいる。後悔している。懺悔している。


今も、きっと――――――――


「シェル。あの事を忘れろとは言わねえ。むしろ、忘れちゃいけねえ。でも、それに縛られて生きてくのは止めようぜ?あいつらを背負ったままでも、前向こうぜ?次の道に歩き出そうぜ?」


部長は何より、自分自身に向けてそう言ったように、俺には思えた。

次回更新は土曜日です。

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