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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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10th story 長官室にて

「さて―――」


アクピス教軍事部長官アドワ・プラトンは、俺の体力測定の結果が記された紙を、机の上に叩きつけた。


輝きを放つかのような、老いで出来たものとは違う白髪に、頬の傷、眼帯。全身は黒い軍服で覆われ、首筋や手首には、無駄に凝ったような装飾がガチャガチャと嵌められている。


厨二病を絵に描いたかのような出で立ちだな。


「それで―――シェル・クライマン。私からも確認するが、これは何らかの偽装やイカサマだったりではなく、あくまで自身の“実力”の成した結果であることを主張するのだな?」


見た目はふざけていても、今俺の目の前に居るこの人の“実力”は本物だ。

実際、戦闘力自体は、俺やヒデさんはおろか、ここに招集された一万人の選抜勇者の誰一人にも勝ることはないだろう。しかし、その壮絶な経験から来るであろう“凄味”は、これまで俺が見たこともないようなものだった。


王道マンガ風に言うのであればあれだ。“これまでに一体、いくつの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか”というやつだ。


俺はその雰囲気に充てられ、怯みながらも、何とか意思を保ってプラトン長官の目を見返した。


「はい」


そして、掠れそうになりながらも、はっきりとした音声を口にする。


「なるほど、な。君がそう言うのであれば、一応は信じてやろう」


体を椅子の背もたれに預けて、プラトン長官が頷く。


「しかし、だ。だとすると、疑問が残るわけだ。それが何だか分かるな?クライマン」


「はい.....“実力”だとしたら、数値が可笑しい。高過ぎる。この記録では、ほとんどの種目で歴代二位の座を拾うことが出来ます」


「そうだ。なかなか利口なようだな、クライマン。なら、その疑問を、私が納得するように説明することはできるかね?」


俺は戸惑った。納得のできるように説明しろ、と言われても.....“実力”なのだ。それが真実なのだ。

説明しろ、と言われても、それが“真実”だから、としか答えようがない。


しかし今、目の前で俺を見据えてくるこの男の求めている答えは、それではない。この男はおそらく、何が“真実”かなどはどうでもいいのだ。求めているのは、自身が納得できる答えでしかないのだ。


いや、“真実”の話をするのなら、それが本当なのかどうかも分からない。何せ、ほんの数回言葉を交わしただけの相手のことだ。一学生に当てることができる程、人の心理は単純明快ではない。


しかし、そうだと仮定して話を考えるのが、この場合は最良だ。なればこそ、俺が答えなくてはならないものは―――


額から吹き出た塩の水滴が、顎を伝って床へと落ちる。一言でも発言を間違えれば、俺はこの部屋のあちこちに飾られた趣味の悪いインテリアの仲間入りを果たすだろう。


長官の座る机の上に置かれた置時計の秒針を打つ音が、身体中に響く。


日常ではごく当たり前で、些細過ぎてもはや気にも止めないような、そんな音が体内を駆け巡る程に、今の俺の神経は緊張し、鋭敏になっていた。


「.....これは―――」


不意に、俺の口が動いた。


というのも、自分では予想も、意識すらもしていなかった、突然の行動だったのだ。能動でもなければ、受動でもない。他動的な動きだったのだ。


「これは喜ぶべき事であるのですよ、長官」


口から出たのは、俺個人思ってもいないような内容だった。まるで、俺の体を借りた、全く俺ではない、別の誰かが喋っているように。


「喜ぶべき.....事?一体、どういう事だ」


「人類の夜明けが見えてきたのですよ。魔族にろくに抵抗してこれなかった、これまでの人類史に夜明け、がね」


「.....なるほど。君はそういうことが言いたいのか。続けたまえ」


長官が“俺”を催促する。ちょっと待ってくれ。俺は“俺”が何を言おうとしているのか、全く理解できてないぞ?


「簡単な話です。ここに、およそ特殊な訓練も受けたことがないのに、人類最強の男にも肉迫する未覚醒勇者が一人。そしてその男は、これから一年間、軍で特殊な訓練を受けようとしている。長官ともあろう御方なら、もう御理解してなさいますよね?」


何とか口を閉じようと躍起になる俺の努力に効はなく、俺の口からは、滑らかに“俺”の言葉が発せられた。


「ふふ」


ふと、長官が笑い声を漏らした。その相貌が崩れる。


「ふふふふ.....ふはっ!はははははははははははははははッ!」


その笑い方は、徐々に大きく、高らかになってゆく。


流れる汗の量が変わった。


髪の生え際辺りから、際限なく汗が吹き出てくる。他人が聞けばおそらく、五十路過ぎのおっさんの軽快な笑い声でしかないがしかし、今の俺には、その笑い声は悪魔の鳴き声に等しかった。


殺される。


死を覚悟した。


「シェル・クライマン。階級は欲しいか?」


急に笑いを止めた長官が机から身を乗り出して俺に尋ねた。


俺は呆気に取られた。今この人、何て言った?階級は欲しいか.....? そう聞かれたのか?


「どうした?シェル・クライマン。私は君に聞いているんだ。階級は欲しいか?と」


「..........はい」


今度こそ、俺自身が、俺自身の意思で答えたそれは、掠れて言葉らしき言葉にはならなかった。


それでも、俺の意思は長官に伝わったのだろう。長官は一人頷くと、椅子から立ち上がった。


「そういうことなら、君に階級を与えよう。但し、これには条件がある」


長官は、部屋右手の棚の前に立つと、その数々のコレクションを眺めた。


「七ヶ月後に予定されている、団体での模擬戦闘のトーナメント大会。この大会で、君の所属するチームが......そうだな。ハードルは高い方が良い。君のチームが優勝したのなら―――」


長官はコレクションから目を離すと、俺の方へと振り向いた。


「その暁には、君には“少佐”の座をプレゼントしよう」


眩暈がした。


“少佐”――――――つまりは、大隊長である。


あわよくば、小隊長か中隊長にでもなれれば、と考えていた矢先、まさか、その一つ上が見えてくるとは、思いもしなかった。それも今日は、訓練初日なのだ。


「どうだ?やるのか?やらないのか?」


喉はガラガラに渇き、うまく声が出ない。


俺は返事をする代わりに、震える腕で敬礼をした。


第二章もこれで十話目。本音を言うと、この章は十五話ぐらいで終わるのかなーと作者思ってたんですが、気付いたらもう十話目です。全然十五話じゃ終わりそうにないですね。


これからも長く楽しんでいただけるよう、頑張ります。


次回更新は水曜日です。

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