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Near Real  作者: 東田 悼侃
第二章 遠征編
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8th story 訓練開始

入隊翌日。宿舎西側に広がるグランドに、勇者選抜者一万人は集められた。


その広さは、片隅に一万人が軽く収まる程度。横に眺めれば、その長さはざっと一キロぐらいはあるだろうか。


正規のサッカーコートを百個ほど敷き詰めた広さ、と言えば、少しは想像が付きやすくなるだろうか。いや、それでもこの広さは伝わらないだろう。実際に、自分の足でその場に立ち、自分の目で見ない限りは、このグランドの広大さが伝わることはないと思う。


そう言っておけば、いかにその面積が圧倒的なものか、と言うことぐらいは、伝わるだろう。


いや、しかし、たとえそれで何かしら他者に伝わったとしても、やはりそれは、ほんのごく片鱗しか伝わっていないとしか言えない。百聞は一見にしかず、なのだから。


さて、こんなところでこのグランドの説明は置いておこう。何故なら、本題はそんなことではないのだから。こんな、たかだかグランドの情景描写に時間を割いていられる程、今の俺は暇じゃないのだ。


俺たち勇者選抜者は、一体どうしてグランドに集められているのか。本題はここからだ。だが、その理由については言うまでもない。強いて何かを言うとするのならば、俺達が“魔族討伐隊”の勇者選抜者だから。それだけである。


だが、それでも理由が伝わらない人は、常に一定層あるものだから、ここは具体的に説明しておこう。


いや、これは別に、そういう人達を馬鹿にしているわけではないのだ。できれば、理解して欲しかったというのが本音ではあるが、俺の言わんとしていることが、対象の全員に的確に伝わるということは、そもそも有り得ないのだから。ならば、なるべく誤解を招かないよう説明するというのが、語り手的ポジに立つ俺の義務なのだ。


つまり俺達、勇者選抜者は―――いや、それに限らず、 魔法使いの千人の選抜者を含む、俺達一万千人は、今日から来年の遠征に向けた訓練が始まる、ということだ。


そして、今日はその初日として、俺達一万人の基礎体力を測定するそうだ。


種目は、四月当初に行った“勇者適性診断”とほぼ同じで、走力、持久力、跳力、握力、瞬発力、柔軟性を見るためのもの。左から順に二百メートル走、五十メートルシャトルラン、立ち幅跳び、握力測定、反復横跳び、長座体前屈、と対応する。


何か、一々数字が大きい気もするが、気のせいだ。とはいかない。これは、紛れもなく、今俺の前に突き付けられた現実だ。


全く。一体、誰がこんな馬鹿げた種目を考えたのか。


どうしてこんな数字なのかは知っている。五十メートル走じゃそもそも、覚醒勇者ともなると記録に大した差が出なくなってくるから、距離を四倍にしてあるだけだし、五十メートルシャトルランも、通常の二十メートルでやっていたら、一日で一万人が走り終わらないからだ。


その数字の意味するものまで理解してはいるが、だからといって、やる気が起きる訳じゃないんだ。嫌だよ、マジ。訓練初日でホームシックだよ。


俺は空を見上げた。一面に青空が広がっている。今日は特に青い。宇宙の彼方まで見えてしまいそうだ。いや、勿論物理的に見れるわけもない。あくまでも比喩だよ。


いや、さて。こんなグダグダした俺の下らない思考なんて、どうでもいいのだ。結局のところ俺は、目の前の現実から逃げようとしているだけなのだ。この、実力診断とかいう、面倒なイベントが、嫌で嫌で仕方ないから、他の事に目を逸らして、気をまぎらわせているだけである。


もし、この世界を、俺という物語を創り上げた“作者”という“神”がいたとして、そんな“彼”が、かの青春怪異小説にはまったとか、そういうわけでは決してないのだ。更に言えば、厨二病をこじらせたとかでもない。


何故なら、もしそんな人知を超えた存在がいたとしても、結局俺は、シェル・クライマン以外の何者でもないのだから。

そんな存在があろうとなかろうと、俺が今、ここに生きているという事実に変わりはないはずなのだ。


おっと、またまた“彼”の表現が某有名作家による怪奇ファンタジー小説に似てきてしまった。

いやいやいやいや。もとい、そんな“彼”など存在するはずないのだ。これは俺の戯言だ。忘れてくれ。


さて、現状の説明に戻ろう。


今、俺は、二百メートル走の測定列に並んでいた。俺の順番まで、あと数人。


二百メートル走は、グランドの一角に取られたトラックフィールド上で測定する。一人一人走るのではなく、三人同時の測定だ。


選抜者の平均は大体、十秒位だろうか。速い人で九秒そこそこ。なら俺は.....遅くとも八秒台で走らなきゃ駄目だな。ここで、この訓練で重要なことは、どれだけ上部に印象を残せるか、だ。


何故、それが重要か。簡単なことだ。より、上へ行くためだ。


では、何故上へ行く必要があるのか。もっと詳しくいえば、何故唯の一兵卒、歩兵に留まらず、より上の存在に、階級になりたいのか。


それも言ってしまえば簡単な話だ。人としての、純粋な向上心でしかない。


いや、明確にはそれだけではないのかもしれない。


入隊前に、俺は決意した。家族を、仲間のことを守り抜くと。その自己ルールは勿論、来年の遠征だろうと適用される。その場で、部長達武術部の先輩を死なせるわけにはいかない。これからの一年間で出逢うだろう、仲間達を見捨てることは出来ない。


しかし、いくら実力があろうと、唯の一兵卒では、凡兵では成し得ないことだってあるのだ。むしろ、その方が多いのだ。


もしも、特攻を命令されたらどうする?それでも俺は、皆を守り抜けるのか?


答えは否。


確かに、命令に逆らうことによる、その場しのぎは出来るかもしれない。いや、可能だと断言しよう。だが、その後はどうする?命令に逆らうとはつまり、反逆だ。人類を敵に回すことになる。


“魔境”という完全敵地のド真ん中で、背後に更なる敵を作る。イコールでは結べないかもしれないが、それはつまり、死を意味する、と言っても、過言ではないだろう。


だから、俺は上に行く。小隊長、いや......中隊長になれば、あるいは、軍事会議には出席出来るかもしれない。意見できるかもしれない。


だから俺は、この一年の訓練中に、なるべく上を目指す。それが、とてつもなく可能性の低いことというのは、承知の上だ。


きっと、銃弾を一発、まともに食らって生きている可能性の方が高いだろう。


そりゃそうだ。俺は一年の内に、確実に実力を認めてもらわなければならないのだ。実践もない、訓練だけで。戦果を認めてもらうのではないのだ。成績しか残せないのだ。


それでも俺は、やらなければならない。この力は、そのために使うのだと、己自身が決めたのだから。


圧倒的な力。今はそれさえ示せれば。今の俺には、他に方法は思い付かない。やることをひたすら。そしてそれを、結果に結びつける。


そしてその為には―――――――俺はこんな所にいつまでも留まっているわけにはいかないのだ。


二百メートル走の、俺の出番が回ってきた。


俺は軽いストレッチで体をほぐすと、スタートラインに立った。コースの一番左端。方角的には、宿舎を左手に眺める形となる、東側のコースだ。


俺の左側で、軍部の上官と思わしき、いや、おそらくそうなのだろう、がスタートの合図用のピストルを構える。


俺と、同時に走る二人は、その姿勢を見て、スタートへと構えた。俺含め三人共やはり、定番というか、定石というか、クラウチングスタートの姿勢だ。


位置について、よーい、と上官が声を張り上げる。


俺は意識を、神経を、からだの隅々へと集中させた。


スタートの合図を聴き取るのに、耳だけに集中するのは駄目だ。スタートのために、足の筋肉に集中するだけでも駄目だ。


全身で。目で空気を読み、耳で場を聴き、鼻で状況を嗅ぎ、口で風を味わい、肌で雰囲気を感じる。


五感を――――それだけでなく、六感も、七感も使って、合図を待つ――――――――――


光も、闇でさえも吸い込んでしまいそうな、澄みきった、もはや澄み過ぎた、満点の、蒼天の青空の下。


号砲が一発、周囲数メートルの空気を震わせた。

まあ......メタ発言とかは気にしないで下さい。あれです。年末年始特有のよくわからないテンションです。多分、次話からは通常運転に戻ります。



多分........








次回更新は水曜日です。

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