5th story 決意
“討伐隊”入隊の三日前、俺は自宅居住区域の書斎に、親父に呼び出された。指定された夕方の七時に書斎を訪ねると、中には両親が顔を揃えていた。二人の表情は真剣そのものだ。怒られるのかな。俺最近、何かしでかしだっけ?振り返ってみても、思い当たるようなことはない。俺はドキドキしながらも、取り合えず二人の前に腰掛けた。
「.....さて」
親父が口を開く。いつもの頼りない感じはどこへ行ったのか、その目に見据えられ、俺は思わず視線をそらした。
「今日お前をここへ呼んだのは、お前の持つその“力”について、お前に話したいことがあったからだ」
なぬ。俺の頭が一気に覚醒する。もしやこの“力”、とてつもない代償を背負っていたりするのか?
「俺と母さんが、魔族の研究をしているというのは、お前も周知のことだ。そして、魔族の研究によって明らかになったものの一つに、こんなものがある」
親父は、本棚から一冊の本を取り出すと、ある一ページを俺に示した。
「魔属は基本的に、人類の一般男性の五倍近い戦闘力を有している。その原因については、魔族の血液中に流れるある物質の成分が、人類領域の一部の地域で採れる“魔宝石”のように、空気中の元素から魔力を取り出し、パワーに変換している、というのが現在の定説だ。まあ、興味があったらまた、詳しく調べてくれ。兎に角、魔族は一般人よりも強い力を持つ。そして更に、稀にではあるが、 一般男性の十から二十倍の戦闘力を有する個体もいる。“勇者”には敵わないが、そいつらはかなり強力だ。これが、これまで人類が魔族に苦戦してきた理由だ」
そこまでは、俺も何となくではあるが理解している。だからこそ、今回の“討伐隊”には勝機があるのだ。
「さて、お前の力のことについて話を戻そうか。単刀直入に言おう。お前のその力の原因を作ったのは........俺の親父。つまりシェル、お前の祖父だ」
俺は口を開けた。声がでない。俺の祖父が作った?この力は人工的なものなのか?そんなのが可能なのか?この力は、並の“勇者”を超越するんだぞ?
「これは、俺も聞いた話でしかないんだけどな。“人類の聖戦”の終戦間際。俺の父、つまりお前の祖父は戦場で魔族の血液を多量に入手した。父はそれを成分ごとに分離させ、実験モルモットに各種類ずつ服用させたんだ。すると、一匹のモルモットが、ゲージの格子を無理やりねじ広げて脱走したそうだ。身体強化されたんだよ。それも、突飛な数値で。父は、そのモルモットに服用させた成分を、更に別のモルモットにも服用させてみた。結果は同じ。魔族の血液中に含まれるその成分が、魔族の戦闘力の高さの秘密だと、父は仮説立てた。そして、更なる実験の結果、その成分を服用した対象は数秒後、服用前の状態から、十から二十倍にステータスが上昇したんだ。これがあれば、人類は魔族に勝てるかもしれない。けれども父は、その成分についての一切の発表もしなかった。この成分には欠点があったんだ。十倍、二十倍にまで身体強化はできるが、その出力に個体の組織が耐えられないんだ。この成分を服用させられたモルモットは、例外なく数分暴れた後に、骨折や筋肉の破壊などを原因に死んだ。危険すぎたんだ。だから父は、それを保管庫の奥に仕舞い込んだ。それから二十年と少し。俺が父に頼んで、その成分を少量分けてもらってこっちの研究室に運んできた。そして、丁度それの研究に、まだ幼い君を立ち会わせたんだ。何でそんなことをしたんだろうね。まだ俺も若くて、正常な判断が出来なかったのかもしれない。それとも、その成分の危険性について、十分に理解していなかったのか.........ともあれ、その研究の途中で、研究員の一人が実験に失敗して薬品とガラス片を床にぶちまけたんだ。ガラスが刺さっちゃいけないと、咄嗟に俺はお前を机の上に置いたんだ。あの成分と共にね。片付けが終わってからだよ、気付いたのは。お前が、机の上に置いてあった、試験管に入ったあの成分を飲んでいた」
言い終えるなり、親父は勢いよく俺に頭を下げた。
「済まん!シェル!俺のせいで、その力には色々苦労しただろう」
「いや、やめてくれよ親父。顔上げてくれ。別に俺は、この力を嫌ってる訳じゃないんだからさ。むしろ、この力には助けられてばかりだ。親父が謝る程じゃない」
「そうか......本当に済まなかった」
親父が顔を上げる。その表情は、心なしか先程よりも緩んでいるように見えた。
「でもさ、親父。気になるんだ。俺はその成分を服用してるのに、未だにピンピンしてるぜ?肉体は力に耐えられないんじゃないのか?」
親父はしばらく考えるふりをした後に答えた。
「お前は元から“勇者適性者”だった、ということだろうな。でなければ、ステータスが十倍や二十倍になろうと、二万超える何てことは考えられないだろ?一般人だったら、十倍になっても百やそこらだ」
“勇者”の肉体だったが故に、耐えられた、ということか。
「それで、だ。ここからが本題なんだが.....」
え?まだ話続く感じ?ていうか、今から本題?長くない?前置き長くない?既に疲れたよ、ぼかぁ。
「実は、血液中にあるその成分を破壊する抗薬を開発したんだ。厳密には、体内にその成分の抗体を作って、その抗体の働きを活性化させる薬なんだけどね」
もしや、ここ数ヵ月親父が必死こいて研究していたのは、その薬だったのか?
「で、 だ。シェル。お前に問いたい。簡単な問いだ。お前はその薬で、常人としての生活を取り戻したいか?それとも、このまま異なる存在でありたいか?」
親父は、しっかりと俺の目を見据えて尋ねた。親父、全然簡単じゃないよ、その質問。
この力によるメリットは何だろうか。
周りに色々と優遇されることがある。“負ける”ことはない。........こう考えてみると、あんまりメリットらしいメリットもないな。
逆に、デメリットはどうだろうか。
どこへ行っても、必ずと言っていいほど疑われる。数値が異様に高いってだけで、敵が出来る。“勇者適性者”の肉体でも、どこまでこの力に耐えられるかは解らない。長期的に成分が体内に存在することによる悪影響の可能性......デメリットは多い。それも、下手をすれば命に関わるものもある。
圧倒的な力を得るか、身の安全を取るか.......
野心のあるような人間でなければ、ほとんどが身の安全を求める。それは当然だ。みんな、自分の命は大事だ。
俺に何か野心があるわけでもない。できれば、平穏に暮らしたいものだ。
けれど―――――
もし、俺がこの“力”を手放したとしよう。
それでも“魔族討伐隊”は解散しないのだ。魔族は居なくならないのだ。もし遠征先で、部長達が危険にさらされたら?もし、魔族が再び人類領域に侵略に来て、両親やユグの命が危なくなったら?
この“力”は手放せない。少なくとも、俺の周辺の人達の安全が保証されるまでは、絶対。
もう二度と、あんな思いはしたくないのだ。目の前で先輩が、仲間が、知人が....家族が殺される光景など、見たくない。
だから俺は.......この“力”で、周りの大切な人達を守りたい。そのためにも、この“力”は必要なのだ。
俺は心を決めると、真っ直ぐ親父を見詰め返して言った。
「このままでいたい」
俺のために、必死で薬を完成させてくれた親父には申し訳ない。でも、そんな親父だからこそ、守りたいのだ。
「本当にいいのか?」
親父が念押しする。俺は頷いた。
「分かった」
ふう、と親父が息を吐き出す。
「ということだ、エレナ。お前はどうなんだ?」
親父が、それまで無言で座っていた隣の母さんに話を振る。母さんも微笑みながらまた、頷いた。
「私はいつでも息子の味方よ。シェルに何か思いがあって、それのためにこのままでいたいと言うのなら、私は反対しない」
親父は母さんの答えに微笑むと、俺に向き直った。
「シェル、良い母親を持ったな」
「親父こそ。良い人と出逢ったんじゃんか」
違いない、と親父は笑った。
ああ、本当だ。親父の言う通り、良い母さんだよ。そして、良い親父だよ。
例え何があっても、この二人は守りきる。両親との出逢いは、俺の人生で最高の出逢いだろうと、俺は感慨に耽った。
次回更新は土曜日です。