2nd story 選抜
八月下旬。夏休みも終わりの近付いてきたある日、俺達は再び会議室に集められた。先生が黒板の前に立ち、何やらB5サイズのクリップボードを取り出す。
「おし、全員居るな?今日は、夏休み当初に話のあった“討伐隊”への選抜者の発表をする。“アクピス教”からの正式な通知が届いているからな」
部員が騒ぎ出す。あいつは選ばれる、こいつは無理じゃね?といった憶測が飛び交う。聞こえる限り、最有力候補は部長だろうか。
「いいかー?静にしろよー」
先生が手を叩き、注意を促す。最初はざわめいていた会議室も、やがては静まり返った。
「一人ずつ呼んでくから、呼ばれた奴から前に出てきて、通知受け取れな」
それじゃあ呼ぶぞ、と先生がクリップボードへと目をやる。教室内は緊張に包まれた。
「一人目――――――おめでとう。セム・ウルク」
名前を呼ばれ、部長が教室の前へと出る。みんなの予想通りだ。拍手に包まれながら、部長は先生から通知を受け取った。
「あ、セム。そのまま前に居てくれ」
そのまま席に戻ろうとする部長を、先生が引き留める。部長は引き返すと、先生の横に並んだ。
「次呼ぶぞー」
次々と、先輩方が名前を呼ばれては通知を受け取っていく。
「次が最後だ」
先生の“最後”という言葉に、何人かの呼ばれていない部員が手を組んで祈る。
「シェル・クライマン」
他の部員が落胆する。でもまあ、そうだろうね。こればかりは仕方ないよね。実力主義社会だから。
俺は教室の前へ出ると、先生から通知を受け取った。思ったよりも厚い。A4サイズの茶封筒に、数十枚単位で紙が入っている。
先生に急かされ、他の選抜者の横に並ぶ。選ばれたのは、俺含め六人。全員“はじまりのやま”のキャンプに行った先輩だ。サルゴンと女勇者先輩は選ばれなかった。サルゴンは、やっぱり実力不足なのだろう。女勇者先輩は、あのキャンプでの出来事で精神が参ってしまっている。今も部活を休み続けている。
「以上だ。この六人が、新暦初の“魔族討伐隊”にめでたく選抜された。六人はこのあと、“アクピス教”軍事部の主催する“討伐隊”結成集会に参加し、二週間後から“討伐隊”に正式入隊を果たす。それから約一年間訓練を積み、魔境へと遠征するそうだ。この六人は、これから本当の“勇者”となる。しばらくは会えなくなるが、讃えて送り出そう」
先生が拍手をする。徐々にそれは部員に伝わっていった。やがて、俺達六人を大きな拍手が包んだ。
*
「よお、シェル・クライマン」
その日の部活が終わった後、一年部員の一人が俺に声をかけてきた。四月以来、大して関わってこなかった奴、バビル・ラ・イヴァンだ。
「何?」
こいつが自ら声をかけてくる時は、面倒事しか起きない。俺は素っ気なく答えた。
「今度はどんな手を使ったんだ?」
「........どういう事だよ」
バビルがニヤニヤと俺を見詰める。
「お前が“討伐隊”に選ばれるわけないだろ?どうせ、四月の適性診断の時みたいに、コネでも使ったんだろ?」
俺は唖然とした。こいつ、まだ俺のこと認めてくれないのか......
「コネも何も.......実力なんだが.......」
すると突然、バビルがキレた。
「んなわけねえだろテメェ!!いつまでも嘘つきやがって!ムカつくんだよ!!大した実力もねえくせに、あっちこっちにチヤホヤされるテメェがよぉ!!」
そこ、キレるタイミングじゃねえだろ。俺は溜め息を吐くと、思わず口にした。
「まあ、俺の実力を見抜けない時点で、大体お前の力量は決まってるな」
「またそうやって俺を見下しやがって....」
バビルの額に青筋が浮かぶ。
「見下してねえよ。呆れてんだよ、お前の勘違いに」
自分が他者よりも優れていたいんだろう。自分よりも目立つ者が気に入らないんだろう。きっと、バビルは安心したいんだ。他人を見下すことで、自分の存在意義を作りたいんだ。だが......俺はあまくないぞ?
「お前、俺のことしょっちゅうインチキ呼ばわりしてるけどさ。じゃあ、その証拠でも出してみろよ。ないだろ?そんなの。確かに、俺のこの力は努力で得られたようなものではない。でも、だからって現実も見ようとせずに、自分の実力不足を俺を言い訳にするってどうなの?それは俺が問題なんじゃないよね?お前の問題だよね?」
「俺は実力不足じゃねえし!言い訳もしてねえだろ!勝手に決めつけてんじゃねーぞ、おい!調子のってんのか?」
「勝手に決めつけてるのは、お前も一緒だろ?調子に乗ってるのも、お前だ。それから、お前きっとあれだろ。自分が注目されないのは、俺がいつも注目されてばかりだから、とか思ってるんだろ。“俺はもっとできるのに、話題は全部あいつに持ってかれる。しかも、有り得ないような記録ばっかだし。あいつ、インチキだ!!”って感じなんだろ」
「ち..........ちげえし!」
あ、突っ掛かったな?図星ってことだな?俺は続ける。
「どのみちさ。もし仮に、お前に本当に実力があったとしたら、普通にお前も注目されてるぜ?うちの先輩達の目って、かなり信用できるから。実力がある人には、ちゃんと目付けてるよ?サルゴンなんかが良い例だ。あいつだって、俺よりは実力ないだろ?でも、世間的にはあいつだって十分通用するレベルの実力者だ。だから、先輩達はサルゴンにも注目してる。........お前が注目されないのは、お前に実力がないからなんだよ」
どうなんだ?と俺は話を終えた。バビルは下を俯いており、その表情を読むことはできない。
「もういいか?俺帰りたいからさ」
俺はバビルに背を向けた。だが、あいつがそう簡単に俺を帰してくれる訳もなく。
歩き出そうとした俺を、背後からバビルが呼び止めた。
「おい、ちょっと待てよ」
その声に俺が振り向くと同時に、バビルが俺に対して拳を振った。俺はそれを難なく避ける。
「今度は暴力に訴えるのか?それはつまり、俺の話をお前自信が認めたってことだよな?」
「ゴチャゴチャうっせーんだよ!クソがッ!」
二度、三度と重ねてバビルが拳を振る。だが、感情に任せたような拳が俺に当たるわけがない。
やなて、バビルが足をもつれさせて大仰にコケた。ほら、昂ってるとこうなる。
「おい、大丈夫か?」
流石にこうなっておいてほっとくのは可哀想だし、大人気ない。俺は顔面を手で覆って蹲るバビルに近付いた。
あちゃー。顔面を盛大にやってますね。痛いよ、これ。
「ッ!近寄ってんじゃねぇよ!」
片手で顔を押さえたまま、俺を追い払う仕草をするバビル。
ハルさん呼んでくるか。
だか、バビルは流血する顔のまま立ち上がると、何処かへと去っていった。
「絶対.........絶対ブッ殺してやる......」
去り際のバビルの口からは、そんな物騒な言葉が小さく聞こえた。
次回更新は水曜日です。