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Near Real  作者: 東田 悼侃
第一章 日常編
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26th story 終結

三つ、こいつらの攻撃に癖を見付けた。


基本的にこいつら、前足でしか攻撃してこない上に、攻撃前に絶対に振りかぶりのモーションが入るから、タイミングがバレバレだ。攻撃自体も全て直線的なものだから、軌道もバレバレ。


一つ一つの動作は確かに、なかなかの速さではあるが、サルゴンでも避けられる程度のもの。冷静になってみれば、なんにも恐くねえな、こいつ。


でもそれは、今俺たちが相手しているのが二匹だけだからだろう。五匹や六匹に同時に囲まれたら、ただでは済まないことは安易に想像できる。


俺の対峙する一匹の“トラキア”が、右前足を斜めに振り下ろした。俺はそれを左に移動することでかわすと、地面を蹴った。


“トラキア”の顔を前に銃を構える。目か口か。弱点部位に銃口を突っ込もうとした瞬間、“トラキア”が吠えた。


〔ヴオオオオオオオオオオオオオオッ!!〕


「くっ!」


慌てて両耳を押さえる。“トラキア”が左前足を振り上げた。


しまった!足場がない空中では、避けることは出来ない。


.........ここまで来て.......何か手立てはないのか.........


“トラキア”が、振り上げた前足を俺に向けて振る。俺はできるだけでも衝撃を抑えようと、サブマシンガンを盾にした。


「シェル君!!!」


サルゴンが叫ぶのが聞こえる。ヤベエな、マジで。あの二人だけで、残りの二匹に勝てるかなあ――――――


だが、いくら待っても衝撃が来ない。おい、そろそろ地面に到着するぞ?


〔ゴアアアアアアアアアアッ!!〕


“トラキア”が急に悲鳴をあげたのに驚き、俺は目を開けた。


小柄先輩が“トラキア”の首の後ろから足を回してガッチリとしがみつき、右手に持ったサバイバルナイフを“トラキア”の右目に突き刺していた。それだけじゃない。突き刺したナイフを抜いて、もう一度同じ場所に刺したり、内部をグリグリと抉ったり。


“トラキア”の血が俺の頬に飛んできて、ピチャリと付着した。


..........先輩エグい。


〔ゴフ――――――〕


最期の一声を発し、“トラキア”の残った左目から生の光が消える。脱力した“トラキア”の巨体は、前方へぐらついた。おい、このままじゃ、俺の方に倒れ........


「いでっ!」


絶賛落下中だったことを忘れていた俺は、受け身もとらずに背中を地面に叩きつけた。


「シェルー!どけー!」


小柄先輩が“トラキア”の上から叫ぶ。


背中からは痛み、上からは“トラキア”。


ちょ、冗談抜きで今はヤバイから。肺の中の空気が全部抜けた状態だから!止まってーッ!


慌てる俺の腕を、誰かが引っ張った。いや、この場合は一人しかいない。サルゴンだ。


ガリガリガリ、と地面で背中を削りながら、“トラキア”の落下から逃れる。ズン、と音を立てて“トラキア”は地面に沈んだ。


「大丈夫かい?シェル君」


「おう、ありがとな」


助けてくれたサルゴンの差し出す手に掴まり、俺は立ち上がった。すると、サルゴンに背後から迫る、もう一匹の“トラキア”に俺は気付いた。


「サルゴンッ!後ろだッ!」


え?とサルゴンが振り返る。俺はサブマシンガンを構えると、迫る“トラキア”に向かって二発連続で発砲した。


ああ、畜生!こういう時に限って当たんねえ!


“トラキア”が当たらない銃撃に怯むわけもなく、気付けば眼前にその大口が迫っていた。


「貸してッ!」


パニック状態に陥った俺から、サルゴンが銃をひったくる。


サルゴンは片腕で(......)銃を構えると、大口を開けて迫る“トラキア”のその口内に向けて、冷静に発砲した。


弾は無事着弾。“トラキア”が仰け反り、減速する。


だが、まだ致命傷ではなかったようだ。“トラキア”は視線を俺達に戻すと、再び突っ込んできた。サルゴンがもう一度引き金を絞る。


カチッ


しかし、弾は出ない。


しまった。弾切れだ。四発全部使い切っちまった。


俺はサルゴンの残った片腕を引っ張ると、横へ強引に投げ飛ばした。


バックステップで“トラキア”から少し距離を取り、ほんの一秒程度の余裕を作る。


できた一秒で、俺は懐からサバイバルナイフを取り出した。


さて。 来いよ、脳筋。


サバイバルナイフを構える俺に四足で突進してくる“トラキア”。俺はギリギリで上空に跳ぶと、“トラキア”の首に馬乗りになった。小柄先輩の真似だ。


“トラキア”が、俺を振り落とそうと暴れる。俺は“トラキア”の頭の上に生えた二本の耳を掴んで、バランスを取った。


体を揺らすだけでは俺を落とせず、イライラしてきた“トラキア”は後ろ足で立ち上がり、空いた前足で俺を叩き落とそうとした。


それをくらうのはいけない。


慌ててサバイバルナイフを持ち直し、“トラキア”の顔面を探る。大体の目の位置を見当付けると、俺は逆手に持ったサバイバルナイフをそこへ突き刺した。


うん、ピンポイント。


俺はナイフを握る腕に力を込めた。ズブズブと、ナイフが徐々に深く沈んでいく。


〔ギィィィアアアアアアアアアアアアッ!〕


“トラキア”が慌てて顔面を押さえる。その長い爪で、“トラキア”は自身の顔を引っ掻いた。


「痛ッ!」


その爪が俺の腕に当たる。俺は“トラキア”の目にナイフを残したまま、地面に飛び降りた。


引っ掻かれた右腕の状態を確認する。


こりゃ、やっちまったな。


腕の外側が、見事に一本線に抉られている。白いものが見える。骨まで剥き出しだ。傷の長さは肘から手の甲にかけての三十センチ程。でも、あの爪に抉られてこの程度の傷なら、運のいい方なんだろう。


そして、肝心の“トラキア”はというと、未だに目に刺さったままのナイフに苦戦している模様。


どうやら、引っこ抜くという概念がないようだ。ひたすらに、目の回りをかきむしっている。


さて、止めをどうするか。


「お疲れ、シェル。後は俺に任せろ」


背後から、そう俺に声をかけてきたのは部長だった。いつの間に。驚いた俺は背後を振り向いた。

後ろには、部長やサルゴン達が居た。その奥には、二匹の“トラキア”の死体が。


「こっちは銃の数が多かったからな。早く片付いたぜ」


部長はそう俺に説明しながら、自身の顔面を尚も掻き続ける“トラキア”へ、銃を構えたまま歩いていった。


「お前らか.............アグル達を喰い殺したのは――――――――――」


部長が、いつもよりも低いトーンで呟く。刹那、部長の背中から恐ろしいまでの殺気が発せられた。殺気など浴びたことのない俺でも、それが殺意から来るおぞましいものであるのが分かる。体内の臓器が口から全て出てきそうな吐き気に襲われる。


それは“トラキア”にも伝わったようだ。ビクリと体を震わせると、“トラキア”は片方しか見えない視線を部長へと向けた。


“トラキア”が臨戦態勢に入る。部長は銃を構えたまま、前方へ一歩踏み込んだ。“トラキア”が、姿勢を低くして部長へと四足で駆け出した。


“トラキア”が猛スピードで迫ってくる。だが、部長は冷静だった。


一発。


もう片方の、まだ無傷だった“トラキア”の目に着弾する。


更に一発。 二発。


減速した“トラキア”の口内に、寸分狂うことなく着弾した。


“トラキア”が二本足で立ち上がる。部長は油断せず、銃を構えたままそれを眺めた。


やがて、“トラキア”の巨体が地に沈む。


部長は、“トラキア”が動かないことを暫く確認すると、その足を喰い散らかされたアグル先輩達の遺体へと向けた。部長を追おうとした俺だったが、小柄先輩に止められた。全員が部長の挙動を見詰める。


殆どが原型を留めない肉塊へと化している。もう、そこに落ちている赤い肉片が誰のものだかさえ判らない。


部長は、散らばる肉片の前に立つと空を見上げた。俺達もその動きに連れられて、空を見上げる。


空はしかし、所々が雲に覆われていた。


誰かが鼻を啜る。


俺は涙を堪えることが出来なかった。

次回更新は土曜日です。


そろそろ「O_LIFE」の方も更新するかもしれません。

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