23rd story “トラキア”
「そういうことらしいからな。シェル、やるしかねぇぞ」
アグル先輩が、ポンと俺の肩を叩く。やろうとしていることは無茶苦茶だが、その目は本気だ。
まあ、そうだな。“俺らにしかできないこと”って頼られるのは、悪い気しない。ここは一丁、活躍してやるか。さっき被った汚名を拭うチャンスでもあるしな。
「ごめんね、シェル君。でも、みんなが助かるためにも協力してくれ」
サルゴンが頭を下げてくる。
「いいよいいよ。俺達にしかできないっていなら、やるしかない。目の前の助けられる命を見捨てたりしたら、寝覚め悪くなるだろ?」
「決まりだな」
言うや否や、アグル先輩は走りながら護衛の男の片方を、片手でヒョイと担ぎ上げた。いきなり抱えられたことに、うおっ、と男が驚く。
俺も、アグル先輩に倣ってスナイパーお兄さんを持ち上げた。俺の体格じゃ、アグル先輩みたいに肩の上で抱えるなんて芸当はできないので、背中に背負う。
「口閉じて、目瞑ってな!」
アグル先輩が護衛の二人に言う。二人は、その指示に素直に従った。
「よーし。全力疾走だ!」
部長が叫んだ。待ってましたと言わんばかりに、部員達は飛び出した。全速力で森の中を駆け抜ける。
眼前へと迫り来る木々を避け、枝をかわし、根を飛び越える。
もうすぐ、音の世界にも突入するんじゃないかという速度で、俺達は走った。
出口の光が、徐々に大きく、はっきりとしてくる。誰かが雄叫びを上げた。
背後の恐怖から、早く逃れたいが所以だろう。それは、徐々に隊に伝染した。
あと百メートル。
周囲につられて、俺も叫んだ。
木々が途切れ、空間が開く。俺達は、やっと森から抜け出た。
「.........やっと............着いた...」
ゼエゼエと息を切らしながらサルゴンが地面にへたりこむ。実際、足がちぎれるんじゃないかって程の勢いで走ってきたからな。人間、命をかければ何でもできそうだ。
周りを見渡せば、ほとんどの部員が地面に座り込んでいる。俺もスナイパーお兄さんを背中から降ろすと、適当なところへ座り込んだ。
「おい、まだ油断するな。獣が追ってきてないとは限らないんだぞ」
一息つく周囲に呆れるスナイパーお兄さん。
「でも、今のところは安全ですし。少し休ませてください」
仕方ない、と溜め息を吐くスナイパーお兄さん。
「その代わり、やるときはしっかりやってくれよ」
そう言い残し、スナイパーお兄さんは森の方へ意識を向けた。身体は休めながらも、俺も同じように森へ意識を向ける。
「............来た」
数分の後、森をじっと見詰めていたスナイパーお兄さんが、そう口にした。俺は下ろしていた腰を持ち上げた。
「まだ何も感じませんが?」
「ああ。百メートル先に居るからな。素人には判らねえ。.......全体で八匹か。が」
スナイパーお兄さんがその正体を見極める。だから、何で判るんだよ。この人達が一番チートじゃねーか。
「.........逃げた方がいいかもしれん。“トラキア”の群れだ」
「“トラキア”!?」
スナイパーお兄さんの口から飛び出た単語に、アグル先輩が叫んだ。無理もない。
“トラキア”
この“はじまりのやま”付近の食物連鎖の上位に位置する、熊に似た大型の獣。体長は五メートルで、大きい個体では七メートルにも達することがある。純粋戦闘力は、生身の覚醒勇者五人分....
残りの弾数を考えると、倒せて精々三匹だ。三匹倒すにしても、無傷は諦めなければならないような相手だ。
だが“トラキア”は、自然界では圧倒的なその破壊力を有する代わりに、知能は他種族に比べて圧倒的に低い。狙うとすれば、その弱点。
だが、それでも五匹が限度な気がする。
「二人は何匹相手にできますか?」
部長が護衛の二人に尋ねた。
「俺らの方はまだ弾が余ってるからな。二人で一匹ならいける」
「十分です。シェルなら三人で一匹相手にできるし、俺も四人いれば問題ない」
部長はそう言うと、部員を三グループに別け始めた。
「アグルとサルゴンは一緒の方がいいかな。シェル、お前の組は三人でやれ。俺の組を四人で組めば、一人余るよな。そいつを護衛の二人に付けよう。大分戦闘が楽になるはずだ」
テキパキと組分けをしていく部長。
今、何か三人とか聞こえたよね。覚醒勇者五人分の戦闘力を持つ獣を、三人で相手しろって。
畜生。やってやるぜ。
武器が一切ない訳ではない。各組に一挺ずつ、まだ弾の残っているサブマシンガンを配備しているし、もう弾のなくなった物は鈍器としても使える。サバイバルナイフだって一応持っている。刃が通るかは別として。
俺は、別けられたメンバーの二人と合流した。一人は小柄な男の先輩。もう一人はいわゆる女勇者な先輩だ。
こう言っちゃ何だが........心許ない.....
「よろしくお願いします」
俺は二人に挨拶をした。よろしく、と二人が応える。二人とも三年生の先輩だ。
「シェル、君がこれを持て」
小柄な先輩が、俺にサブマシンガンを手渡した。
「いいんですか?」
「ああ。あの獣の弱点に接近できる可能性が一番高いのは、この三人の中じゃ君だ」
俺はサブマシンガンを受け取った。“トラキア”の弱点部位は、毛皮で覆われていない口の中や目等だ。
「残りの弾数は?」
「五発だ。大事にしろよ」
五発か。できれば、一匹は一発で仕留めたいな。
どれだけ早く仕留められるかが勝負だ。全組で同時に相手にできるのは最大四匹。半数だ。残りの四匹が襲ってくる前に、どれだけの個体を倒せるか。そこが勝敗の分かれ目になる。
「集中しろ!来るぞ!」
スナイパーお兄さんが小さく叫ぶ。俺達は森へ目をやった。
“トラキア”が姿を現す。
「デケェ......」
誰かが呟いた。何人かが同調するように頷く。
こいつらは、“トラキア”という種族の中ではそんなに大きい個体ではないはずだ。だが、実際にその姿を目にすると、想像していたものよりも一回りも二回りもサイズが大きかった。五メートルってこんなにあるんだ......
倒せる気しねえよ。
四肢を着いて四足歩行の状態で目線が俺とほぼ同じって........
二本足で立ったら、どんだけデケェんだか.....
姿を現したのは三匹。だが、スナイパーお兄さんを信じるなら、森の中にはあと五匹の“トラキア”が潜んでいる。
逃げた方がいいんじゃね?
嫌になるよ、本当。
ギリギリになりました。ごめんなさい。
次回更新は水曜日です。