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Near Real  作者: 東田 悼侃
第一章 日常編
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1st story 新年度

「本校は、史上初の階級を無視した完全成果主義の学校を全身としております。ここにも、元貴族階級の家の出の者もおれば、農民の子もおりますー」


体育館の中、十分経っても終わる様子のない入学生への校長の挨拶に、俺は欠伸した。暇なので、ふと視線をステージ上の校長からずらしてみると、隣に座る、おそらく俺と同じクラスの男子が、ソワソワと何やら落ち着きをなくしていた。


「どうした?」


小声で尋ねてみると、男はばつの悪そうな顔でこちらを見た。


「実はな...ずっと座ってるなんてことが初めてで...さっきからケツが痛ぇーんだ」


予想の斜め上の答えに、俺は思わず頬を緩めた。トイレに行きたいのかとか思ってた。


「そんなにキッチリ座るからさ。背もたれに体預けてみな。幾分楽になるから」


言われるままに、男は背もたれに体を預けた。その顔が輝く。


「おお!スゲェ!!痛みが消えた!!」


男がいきなり叫んだ。校長の話が止まった。何事かと、体育館にいる全員の目がその男に向く。


「あ......」


その様子に気付いて男が閉口する。俺も、赤の他人の振りをしてその男を眺めていた。すると、男は徐ろに立ち上がった。今度はどうするつもりだ。


「済みませんしたっ!!長時間座ってたせいで痛かったケツが痛くなくなったのでついっ!」


男は、ステージ上の校長に向かって声を張り上げると、頭を下げた。俺は唖然とした。こいつ....馬鹿だ。

誰かが、クスリと笑った。その笑いが、体育館全体に広がる。男もまた、周りにつられて笑っていた。こういうのを“爆笑”って言うんだろうな。俺も腹を抱えて笑った。



「いやぁ、恥ずかしい思いしましたわ」


入学式が終わり、教室に入った俺に真っ先に声をかけてきたのは、退屈な入学式を楽しいものに変えてくれたと、学校中で話題のあの男だった。


「ビックリしたよ。いきなり叫ぶから」


俺は苦笑しながら対応した。


「や~、もうホント恥ずかしいっス!穴があったら入りたいってやつっス!」


男は頭をガンガンと壁に打ち付けだした。うわぁ.......絶対関わらない方がいい奴だよ、こいつ.... 今度はクラスの視線が集まる。が、入学式の時の彼だと知ると、教室はまた喧騒で忙しくなった。


「ちょ、取り合えずそれやめろっ。俺まで恥ずかしい!」


尚も壁に頭を打ち付ける男の肩を掴む。それで正気に戻ったようだ。男は周囲を見渡すと、恐縮した。


「いや.....本当申し訳ないですわ」


男が頭を掻く。


「取り合えず、座って落ち着こう」


俺は、男を適当な机に連れていった。席の指定はされていない。男を適当な席に座らせると、俺もその隣に腰を下ろした。


「それで......自己紹介してなかったな。俺は シェル・クライマン」


俺が口火を切る。男はよろしく、と頷いた。


「俺はユグノ=サンバルテルミ。家は代々農家だ」


「君は、それを継ぐのか?」


ユグノ=サンバルテルミの手を握りながら、俺は尋ねた。


「ん、そのつもりだ。新暦に入って色んな制度が出来たり廃止したりしたからな。俺の家もこれからの社会に順応できるようにしたいんだ。だから、親元から送り出された」


俺は頷いた。本校、神陵高校は、校長も言っていたように、前身が初の成果主義型、つまり生徒の身分階級に左右されず、結果が全てとして求められている学校だ。


「じゃあ、農業コースに?」


ユグノ=サンバルテルミは首を縦に振った。完全成果主義とはいえ、まだ身分階級制度が撤廃されてからそう時間は経っていない。そのために、新入生には大きく学力の差がある。元貴族階級の出自の子供たちは小さい頃から勉学に励まされるが、農家の子などはそうはいかない。だから、学校はその生徒に応じたレベルの授業をなるべく受けさせようとしている。また、この世界には“適性”というものがある。元貴族出身の子には政治家としての適性を持つ子が多いし、商人の子には商人の適性が、農民の子には農民の適性が。これが必ずしも正しいとは限らないが、大体の生徒は自分の適性で将来の道を決める。

また、ごく稀に“勇者”とか“魔法使い”の適性を持つ生徒が現れたりする。それらの適性の出る生徒に共通性は見付かっていないらしく、出自も元貴族だったり、農家だったりとまちまちのようだ。そして、そういう適性を持つ生徒は、特別コースに入れられ、それぞれ“勇者”としての、“魔法使い”としての教育を受ける。けれども、現実はそう甘くなく、適性を持っていても実際にその能力が開花する人物は少ないそうだ。能力が開花した生徒は“勇者”や“魔法使い”として人類に重宝されるのは当然と言えば当然のことだ。

では、能力が開花せず、三年間を棒に振るような結果となってしまった生徒はどうなるか。そこは流石成果主義学校で、三年間での、通常の国語や数学といった各教科の成績に応じて、将来が約束されるそうだ。ちなみに、これらの適性は、入学直後に行われる適性診断によって判別される。


「クライマン君、君はどのコースに行く予定で?」


ユグノが俺に尋ねた。


「シェルでいいよ、ユグ。コースは、まだ決めてないよ」


「なぜ?」


ユグが首を傾げた。


「やりたいことが見付からないんだ。だから、取り合えず適性診断を待ってみようかと思ってる」


「ふ~ん」


ユグが相づちを打ちかけたところで、教室のドアが開き、先生が入ってきた。


「よーし、お前ら席につけ。ホームルーム始めるぞー」


また後で、と言い残し、ユグは前を向いた。俺も姿勢を正し、席に座り直す。壇上に立つ俺のクラスの担任は、いかにも体育系だった。

春先だというのに、既にタンクトップの涼しげな格好をしており、その肉体は、形容する言葉を探すとなれば“ガチムチ”が妥当なところだろう。その隆々とした筋肉に、今にも服が破れそうだ。

その筋肉ダルマが教室を歩く度、床はその重みにギシギシと悲鳴をあげた。身長もデカイし、強面だ。正直に言おう.......こえぇ.....


教室が静まり返ると、先生は口を開いた。


「えー、新入生のみなさん、入学おめでとう。今日からこのクラスの担任になる、タケノオノ=スサノオ だ。まあ、好きなように呼んでくれ。もうみんな大体察しているように、教科担任は体育だ。部活顧問は“武術部” “武術部”は勇者の適性のある奴しか部員になれないが、残念ながら俺は普通の人間だ」


えー、とクラスから落胆の声があがる。まあ、勇者かそうでないかはともかく、普通の人間かどうかは疑いものだぞ。絶対“普通”じゃないだろ、その筋肉。


かくして、俺の高校生活は幕を開けた。

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