18th story “アクピス教”と“ヴェーダ”
三両目に足を踏み入れる。毎度のよう、視線と銃口が一斉に俺を捉える。
「いや、敵意はない。ほら、丸腰」
俺は、両手を頭上に掲げて戦意の無さを示した。だが、犯人達は警戒を解かない。
「何者だ、お前。何しに来た?」
さっきまで教団の人間と言い争っていた犯人側の男、恐らくリーダーであろう男が、俺を威圧する。
「ただの通りすがりの高校生だよ。何をしに来たかと聞かれると、そうだな........あんたと話をしに来た」
俺はリーダー男を指差す。リーダー男は困惑の色を浮かべた。予想していた返答とは違ったのだろう。
「俺と話しに?俺はお前なんかに用はねえぞ」
まあ、テンプレのような反応だな。こういう場合は、相手の意見は一方的に無視して話を進めるのが正解な気がする。
「あんたの方になくても、俺にはある。さっきから話を聞かせてもらっていたけど、俺は“アクピス教”じゃなくてあんた達の意見に賛成だよ。あんた達の方が、正しい世界を見ているように思う」
「そうかい。そりゃ、ありがたいな。それで?用はそれだけか?」
「いいや、ここからが本題さ。あんた達が用あるのは、その教団関係者だけだろ?だから、他の一般乗客は逃がしてやってくれ。俺の友人も居るし」
ユグをちらりと見る。目が合うと、ユグはニコニコと俺に手を振った。どんだけのメンタル........あれ?でも、武術部見学した時は、目茶苦茶ビビってたよな。やっぱり、あいつはよく分からない。
でも、この様子なら大丈夫そうだ。
「どうしてだ?手は出してねえぜ?電車が遅れることも伝えたし」
「いや、だって、あんた等の目的は一般乗客を車内に閉じ込めてどうこうじゃないんだろ?“アクピス教”の関係者を人質に、その理不尽さを世間に広めたい、とかだろ?」
「まあ、大体は当たりだな」
リーダー男が首肯く。
「なら尚更、一般乗客は逃がした方がいいんじゃないのか?この状況でいくら“アクピス教”の不当を叫んでも、一般乗客を巻き込んだって事で糾弾されておしまいだぜ?」
男は考え込んだ。それに、と俺が更に物を言いかけたところで、教団の人間が口を挟み出した。
「そこのぼうや。一般人だけでなく、私達も解放するよう犯人達に言いなさい。そいつらは、私達の言うことに聞く耳を持たないのです」
「というか、一般人より先に私達を逃がすべきじゃないのか?」
「そうだな。おい、小僧。一般客より私達が先決だ。私達はかの“アクピス教”の者であるのだぞ?私達を助けた暁には、小僧にもピシウス様の御加護が下るぞ」
次々と、自分勝手なことを言い出す“アクピス教”教団。そんなこと、俺に言われても困るよ。誰に言うべきかくらい理解しろよ。
だが、教団関係者の愚痴は止まらない。
「おい!早くしろ!いつまでグズグズしてるんだ!!どう考えても、一般人より俺たちの方が先だろ!!」
「そこら辺の一般庶民なんか、いくらでもいるから死んでも構わないが、俺らは限りある聖職者様なんだぞ!俺らを優先しろ!!」
徐々に、その語気が荒くなっていく。同じ車両に居る一般乗客もドン引きだ。
今にも俺や電車ジャックの犯人達に掴み掛かりそうな勢い。あーあ。どうするんだか。
リーダー男が、額に青筋を浮かべて銃を天井に向けた。躊躇わず引き金を引く。
バンッ!
銃声が一発。周囲は途端に静まり返った。
硝煙の臭いがする。何で知ってるかって?そりゃあ、部活で散々扱わされたアレのお陰ですよ。
「お前ら、自分の立場忘れてねえか?今、お前らの命を握ってるのは俺だぜ?」
憮然とした表情で黙り混む教団。リーダー男は、一般乗客の方を向いた。
「見たか?聞いたか?今のがこいつらの
本性だ。“アクピス教”の人間の腹の内だ。俺らやお前ら、その家族の命はどうでもいいってさ。先の戦争で戦死していった奴等も、代わりのきくどうでもいい奴だってさ。自分達が生きていられるのなら、いくらでも他人の命を切り捨てられるらしい。本当、スバラシイ宗教だな」
リーダー男の言葉に、車内は完全に静寂に包まれた。
その時、
「突撃ーーー!!!!」
車両の外から野太い怒号がした。次の瞬間、車両の扉が蹴破られる。
「総員!配置を捨てて固まれ!!四方警戒!!」
リーダー男が、咄嗟に仲間に指示を出す。この車両にいた犯人達は、車両の中央に集まると、前後左右にそれぞれ銃を構えた。
蹴り破られた扉から、ゾロゾロと機動隊が侵入してくる。
一般乗客は、機動隊に促されて我先にと車両から飛び出した。直接何かされたわけではないが、銃を持った男達に何十分も警戒されてたのが堪えているのだろう。
一般乗客の中に混じって、教団関係者も脱出していた。リーダー男が舌打ちをする。
「おい、通りすがりの高校生。お前もとっとと逃げろ。巻き添え食らうぞ」
犯人の一人が、入り口付近の機動隊に銃を向けながら俺に言った。
「優しいんだな、あんたら」
「不味い飯は食いたくないからな。けじめは俺達だけできっちりつける」
「.........あんたらとは、もっとゆっくり話したかったよ」
「おう。出所したら、いくらでも聞いてやるぜ」
男がサムズアップを決める。俺もそれを返すと、逃げる一般乗客に紛れて車両を出た。
外では、警察が電車から出てきた一般人を保護していた。俺もそこに紛れ込む。
保護先で、ユグを見付ける。
「おーい、ユグー。生きてるかー?」
ユグの下へ歩みながら、声を投げ掛ける。
「生きてまーす。生きてるはずでーす。むしろ生きてたいでーす。まだ死にたくねー」
ユグから返答がある。うん、元気だな。
「取り合えず、ここ離れようぜ」
さっきから、教団の奴等が車両に向かってしきりに
「殺せーーーー!!!」
と叫んでいる。何か気分が悪い。
俺とユグは、野次馬の人混みを掻き分けて線路から離れた。
「ねえねえ、君達。今、電車の中に居たよね?ちょっといい?」
やっと人混みを抜けた所で、背後から声を掛けられる。
振り向くと、ノートとペンを小脇に抱えた男が一人、人混みから出てきた。
左腕の上腕部に“中央新聞”と書かれたバンドを巻いている。我が家の取っている朝刊を発行している会社だ。
「君達が電車から降りてくるのを見てたんだ。僕、中央新聞っていう新聞社の記者で、ボナパルトっていうんだ。ちょっと時間を貰ってもいいかな?」
「あ、この後予定が......」
「勿論っすよ!全然大丈夫っす!」
俺が断ろうとしたところを、ユグが遮って了承した。え?カラオケには行かないの?
「そうか。ありがとう。なら、もう少し静かな所へ行こう。付いてきてくれ」
ボナパルトさんが歩き出す。ユグは嬉々としてその後に付いていった。
.......そんなに楽しいのか。
五分ほど歩いた先に、カフェを発見したボナパルトさんは、そこへ俺達を誘った。
「いらっしゃいませー」
入店した俺達を、店員の明るい声が迎える。
内装は質素で、金がかけられているようではなさそうだが、センスのある古風な装飾だ。店内に流れる、ゆったりとした耳に心地いいクラシック音楽と相まって、全体的に落ち着きのある雰囲気を放っている。
店員に案内され、窓際の席に着く。
外にもテラスの席があったが、満員の模様だ。
まあ、個人的には店内の方が好きだな。この店に関しては。
店員がやって来て、注文を取る。俺は“Brave”のラムネ味を。ユグはリンゴ味。ボナパルトさんはブラックコーヒーバージョンを頼んだ。
大人だなあ、ボナパルトさん。
「それじゃ、まだ飲み物は来てないけど、いろいろ聞かしてもらうね?」
俺とユグは頷く。
「その前に、テープを回して会話を録音してもいいかな?後で聴き返したいんだ」
ボナパルトさんが、胸ポケットから録音テープらしき物を取り出す。再び俺とユグは頷いた。
「ありがとう」
ボナパルトさんがテープを回す。何だか、大物有名人にでもなった気分だ。緊張してきた。
「じゃ、先ず、名前と年齢を聞かせてくれるかな?匿名希望ならいいんだけど」
「名前っすか?俺はユグノ・サンバルテルミっす。十五歳っす」
「シェル・クライマン。十六歳です」
ボナパルトさんが、ノートに俺らの名前と年齢を書き込む。
「え?お前、もう十六なの?誕生日いつだったんだよ」
ユグが目を見開く。そんなに驚くことか?一々オーバーリアクションな感じだよな、こいつ。まあ、見てて面白いからいいや。
「六月六日。一週間ぐらい前だな」
「うわー。負けたー。俺の方が年下かよー」
いやいやいやいや。年齢に勝ち負けとかないだろ。負けたって何だよ。
「.......えっと、そろそろ質問してもいいかな?」
ボナパルトさんが、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。特にユグに。
「え?ああ、ごめんなさい」
ユグが慌てて姿勢を正す。
「それじゃあ、“ヴェーダ”がどうやって電車を占領したのか。分かるだけでいいから教えてくれないか?」
「「“ヴェーダ”?」」
俺とユグは、同時に首を捻った。聞いたことのない単語だ。
「あれ?知らなかったかい?いや、悪いことじゃない。余り一般的には広まっていない名前だからね。仕方がない。“ヴェーダ”っていうのは、さっきの電車ジャック事件の犯人グループの属する組織の名前だよ。“反宗教組織”.....いや、“反アクピス教組織”だね。先の“人類の聖戦”をきっかけに結成された組織で、“アクピス教”の支配に抵抗するプロテスタントなんだよ」
ボナパルトさんが説明をくれる。だが一ヶ所、俺の知識とは違う事があった。
「ちょっと待って下さい。“アクピス教”の支配って何ですか?“アクピス教”は、一般には政治介入などはしないことになっているはずですけど」
「うん、そうだね。表舞台に出てくることはないからね、彼等。それじゃあ、一つだけ教えてあげるよ。僕は別に“ヴェーダ”派ではないからね。声高に“アクピス教”を批判することはできない。だから一つだけ。現在、人類史とされて伝えられてきているものは、“アクピス教”の編纂したものだ。その他の記録は、公式にも非公式にも存在していない。つまり、“アクピス教”だけが、人類史の全てを知っている」
「それで?」
ユグが先を急かす。
「それ以上は、僕からは言えない」
つまりは、現存する人類史は、“アクピス教”によって、いいように改竄されたものである可能性があら、という事だろう。
「“ヴェーダ”についたは、分かったかい?そしたら、話を戻そう。“ヴェーダ”がどうやって電車を占領したか。分かる範囲で教えてくれ」
「えっと.....」
ユグが、両腕を胸の前で組む。その時のことを思い出しているのだろう。
「家を出て.......駅について......」
そこから!?せめて、電車に乗った辺りから始めようよ!
「で、定期で改札を通って.....電車を待って.....電車が来て....」
ああ、これは長くなりそうだ。
やめて、ボナパルトさん。そんな困った風な目で俺を見ないで。俺に頼られても、こいつまう止まらないから。
ユグの、要領を得ない話は続く。
電車ジャック回、もう少し続きます。
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次回更新は土曜日です。