13th story 懲りない御曹司
「さて、お前ら。早く立ち上がってこいよ。俺を倒すんじゃねーのか?女子にやられててどうするんだよ」
俺の挑発に男達が立ち上がる。俺は身構えた。まだ入部から数日。だが、この程度の相手ならどうにでもなる。
「おおおおおおおおおおおおおッ!」
ハルさんの腕を掴んで離さないというセクハラ紛いの行為をしていた男が雄叫びを上げて真正面から突っ込んでくる。
男が拳を振りかぶり、それを降り下ろす瞬間、バックステップで距離をとる。男の拳は空を切った。
部長との訓練をするにさしあたって、こう言われた。
「取り合えず、相手の攻撃は全て避けろ。無理に受け止めたり、カウンターを狙ったりするな。当たらなければ、どんな攻撃も意味無い。お前の身体能力なら、俺以外の奴の攻撃は大概避けられるからな。後は、お前の方が体力あるんだから、向こうが勝手に自滅するのを待つのさ」
男が拳を二度、三度と振る。二度、三度と俺は避ける。
脳筋だな、マジで。周囲の奴等は傍観している。一斎攻撃をしてこない俺が追い込まれているとでも思ってるのだろうか。
だが、俺が優位に立っているとも言えない。まだ攻撃については何も教わってない。次から次へと繰り出される男の拳に、攻撃のタイミングを計り損ねる。
さて、どうしたものか。攻撃を避けながら俺が考え込んでいると
「おい!! お前ら!! 止めろ!!」
ここ数日、聞き慣れた声が響く。部長の登場だ。俺に対する攻撃が止む。俺は一気に男から距離を取った。
「シェル、手は出してないだろうな」
「ハルさんを逃がすときに、ちょっとツボを刺激したくらいです」
「逃がす?ああ、そういえばそう言ってたな。それぐらいなら大丈夫だ」
部長が、アグル先輩を連れて俺の横までやって来た。シス・ムガル達を眺める。
「それで?うちの部員に何の用だ?」
「あんたが部長?」
部長からの質問を、質問で返すシス・ムガル。
「今質問してるのは俺だぜ?先ずは俺の質問に答えたらどうだ」
部長の口調は、いつものおちゃらけたようなものではなく、少しばかり怒気を含んだものだった。だが、シス・ムガルは部長の言葉に唐突に吹き出す。
「ハッ...............ハハハハハハハハハハハハハハハハ」
部長が眉を潜める。
「何が可笑しい」
「ハハハハハ。先ずは俺の質問に答えろ、か。ハハハハ。身の程を弁えろよな、下民」
また下民とか言って。懲りない奴だな。
「僕が誰だか分からんのか?ムガル財閥の息子、シス・ムガルだ。本来なら、貴様のような下朗が気安く口を利けるような相手ではないのだ。ましてや、自分の質問に先に答えろ?立場を考えたらどうだ」
「なぁ、シェル」
部長が振り返る。
「お前、よくこんな面倒臭い奴相手に出来るな」
苦笑するしかない。実際、自分でも不思議だ。何でこんな面倒臭い奴相手にしてられるんだろうな、俺。
「ふん、馬鹿らしい」
部長と俺は苦笑て終えていたが、それでは足りない人物が一人いた。
「流石は大財閥のお坊っちゃまだ。余程のゆとり教育を受けてきたらしいな。知らないのか?新暦三年に、身分階級制度は完全廃止されたんだぜ?過去に貴族だったとしても、今は農民とも変わらないんだよ」
無駄に刺激しなくていいのに。どうも短期らしい。アグル先輩は。
「それぐらい知ってるさ。馬鹿にするな。だが、僕はムガル家の長男だ。だから僕は生まれつき偉いんだよ、下民」
「おいおいおいおいおいおい。いつから、親が偉けりゃ子供も偉いって構図になったんだよ。父親は父親、テメェはテメェだろ。父親が偉いからって威張ってるようだけどな、そういうのを何て言うか知ってるか?“虎の威を借る狐”って言うんだぜ?今、テメェの父親が大財閥の頭首なのは、それだけの実力があって、それだけの努力をしたからだろ。テメェは何もやってねえんだよ」
アグル先輩、そんなにイラついてるのか。見た目通りというか、やっぱり沸点は低いらしい。
「ふ、ふん。負け犬の遠吠えか。貴様、今の状況が判ってるのか?貴様らは今、たったの三人じゃないか。倍以上の数がいる僕達に勝てると思っているのか?」
「やってみるか?俺は勝てると思ってるぜ?」
ついに殺気に近いようなオーラを放ち出したアグル先輩の元に、部長は歩み寄った。
「アグル、止せ」
アグル先輩の右肩に左手を置く。
「まさか、あの程度のことでキレてないだろうな。挑発にもなってない挑発だぞ」
「キレてはねぇよ。でもよ、こういう奴は、殴ってでも教育しなきゃ解らねえんだよ」
「取り合えず、まだ手は出すな。堪えろ」
アグル先輩が、不満気な視線を部長に投げる。当の部長は、シス・ムガル達を眺めていた。それにしても、この二人が来ただけでも、異様に気持ちが軽くなった。やっぱり、二人の存在感は圧倒的だ。頼もしい。
「嘗められたもんだな.......僕を差し置いて会話してるんじゃないよ。僕を殴ってでも教育するって?やってみろよ」
シス・ムガルが口許をひくつかせる。シス・ムガルの取り巻きのガチムチ×6は、俺達三人の周りを囲んだ。
「もっとも、この六人を見事に倒すことができてから、の話だけどな」
「シェル、こっちへ寄れ」
部長の指示で、俺達三人は其々の背中を会わせて周囲に構えた。
「それで?セム。攻撃していいのか?」
アグル先輩が、闘志を剥き出しに部長に尋ねる。
「向こうが直接攻撃してくるまで待て。絶対にこっちからは始めるな。シェルもだぞ」
「なるほどね、そういうことか」
部長の忠告に、アグル先輩が頷く。
「来るなら来いよ、お前ら。片っ端からブッ飛ばしてやる」
アグル先輩の挑発を、シス・ムガルは余裕の笑いを見せながら受けた。
「いいだろう。その自信がへし折れる瞬間が楽しみだ。..........やれ」
シス・ムガルのその合図で、周囲を囲んでいた六人がジリジリと迫ってくる。
「二人づつ相手しろ。やり過ぎる必要ないからな。しばらく動けなくなる程度に痛め付ければいい」
部長が呟く。さて、入部以来初の実戦だ。
六人の中から、一人が飛び出てアグル先輩に先制攻撃をしかけた。見た目的に、一番の難敵だと判断したのだろう。アグル先輩の顔面向け、拳を振るう。
「正!当!防!衛!!」
だが、その拳がアグル先輩に触れることはない。逆に、アグル先輩の正当防衛パンチを顔面にくらい、男は跳んできた道を逆戻りする。一発でノックアウト。流石だ。
さて、俺も頑張らないとな。
俺は正面を向いた。既に目前にまで相手は迫ってきている。相対する一人目の男は、勢いのまま突っ込んでくることはせず、一定の距離感を保ったまま俺を警戒していた。男としては十分すぎる程距離を取っているのだろうが、残念ながら、俺からしたら余裕の射程圏内だ。
攻撃に関しては、今回は我流で行こう。
俺は重心を沈めると、男の足下へ飛び込んだ。この動作に約0.1秒。男は、視界から俺を見失っているはずだ。それじゃあ、お休みなさい。
男の股間を蹴り上げる。
グチャッ
鳴ってはいけないような音がして、男は昏睡する。潰しちゃった。自分でやっといてなんだけど..........クッソ痛そう
口から泡を吹いてるかにさん状態の男は置いておいて、次の敵を探す。
「どおりゃっ!」
視界の右隅にアグル先輩が映る。拳を前方へ突き出したまま残心している。どうやら、二人目を片付けたらしい。はて、戦闘開始から姿を見ない部長はどうしているのだろうか。アグル先輩の居る方向と逆に目をやる。
敵が三人。
だが、何やら様子が変だ。三人は、一斉に同じ箇所に集まって、狂ったように空中を殴ったり蹴ったりしている。
ああ、そういうことか。俺は理解する。
目を凝らすと、三人の猛攻を楽しそうな表情で全てかわし続けている部長が見える。
きっと、この喧嘩事もトレーニングの一環として捉えてるんだろうな、あの人。
もうここまで来るとあれだね。変態の域だね。
男達に疲れが見え始める。動きにキレがなくなってきた。
まあ、あれだけ激しく動いてればね。
部長の表情が少しづつ不満気になる。
ふと、俺は部長を見失った。さっと周囲を見渡してもその姿は見当たらないを男達も同じようで、攻撃の手を止め、周囲への警戒を表した。
刹那、男三人は、それぞれ三方向へ同時に吹き飛んだ。二回ほど地面に叩き付けられた後、あーとかヴーとか、呻き声の三部合唱を上げながらグッタリとする。
「何だよ。こんな程度か。勇者として覚醒して、調子に乗ってたりしたのか?トレーニングの跡が全く見られない」
いつの間にか、三人を吹き飛ばした、その中央に部長が立っていた。
あの人の格闘センスは本当にヤバイ。今のも、何が起きたのか俺には全く理解できなかった。
なんか中途半端な終わり方になりました。時間が........
ご意見・ご感想よろしくお願いします。
次回更新は水曜日です。