final story 明日へ
人類と魔族が和解をしてから、早五年が経った。今では、百万人を超える人類が、魔境で魔族と生活を共にしている。
アクピス教の最高顧問、ミッキー・サイモンは、和解を求めるタムズにアッサリと引き下がったそうだ。アクピス教の権威を象徴していた“人類最強”ヒデ・ヤマトと、頼みの綱であったピシウスが戦死した以上、彼等には対抗手段が無かったところが大きな要因となりそうだ。
タムズは、魔境の広大な土地と、それに伴う豊富な資源の一部を人類へ提供する代わりに、人類の、魔族へ対する偏見を取り除き、また、勇者の生産を止めるよう、アクピス教と交渉した。結果的に、アクピス教が全人類に対し自らの間違いを認め、教育内容を180度変更させることで、それは大方達成された。
とはいえ、人類の中にもまだまだ、魔族に対して悪印象を持っている者は多く居る。初めて魔境へ移り住んだ二百人弱の人々を始め、魔族の優しさを知った人達が、懸命にそれについて訴えた結果、多くの人類がそれに続き、魔境へと移住してきた。現在人類領域に残る者の多くは、反魔族主義者である。魔族が人類領域へ移住できるようになるまでは、もうしばらく時間がかかりそうだ。
問題はそれだけではない。魔族は元からして温厚な種族であるからいいが、人類の方は多感だ。全く慣れない、新しい環境で生活するストレスもあって、人類の絡んだいざこざは多発している。二種族が共存するにあたって、問題点はまだまだ山積みだった。
それでも、大半の人類は、今では魔族と仲良く暮らせているようだ。思った以上に、その関係には隔たりがない。数組ではあるが、人類と魔族のカップルも成立しているようだ。喜ばしい話だ。
人類と魔族の共存関係の最もよく表れている、魔境の中央都市全体を一望できる小高い山の上に、俺は立っていた。暖かな風が時折、足元の草花を揺らす。
やっと、俺達の夢が叶いつつある。
思えば、多難の道だった。俺一人の力では、どうにもならなかった。数多の尊い犠牲の上に、この都市はある。どうにも陳腐な表現にも思えるが、しかしその表現が、一番しっくりくるようにも思えた。
「父ちゃん、何してるの?」
足元から声がした。俺は声のする方向を見た。四年前に生まれた息子が、不思議そうに俺を見詰めていた。俺は微笑んでしゃがみこむと、都市部から目を外さずに、息子の頭を優しく叩いた。
「父ちゃんな、昔の友達の事を思い出してたんだよ」
「友達?」
「そう」
「どこにいるの?」
「今はみんな、天国に住んでいるよ。そのみんながいなければ、人類と魔族は一緒には生活できなかったんだよ」
ふーん、と息子が頷く。
「そしたら、僕も生まれてなかった?」
「いいや―――お前はどのみち生まれてたさ」
「なんで?」
「なんでって――」
俺は言葉を切ると、後ろを振り向いた。大きめの手提げの袋を持ったイヴが、ゆっくりとこちらへ登ってきている。
「そりゃあ、母さんが居るからさ」
きっと、どんな過程でも、俺達は巡り会っていただろう。そう思う。
「さ、母さんを迎えに行こう。荷物が重たそうだ」
息子の背中を叩くと、俺は立ち上がった。息子と二人で、イヴのもとまで下る。息子は途中から、イヴに向かって走り出した。イヴは袋を地面へ降ろすと、しゃがんで息子を待った。息子が、イヴの胸元へと飛び込む。
俺は二人のもとに辿り着くと、袋を拾い上げた。三人分の昼食が入っているが、俺にとってみれば軽い。
「山頂は景色がいい。そこで食べよう」
今度は、三人で山頂まで登る。山頂へ辿り着くと、イヴは眼下に広がる町並みを見渡した。
「――――これが、貴方の目指していた世界ね」
イヴが呟く。
「ああ、まだ未完成ではあるけどな。これが俺の――――俺達の目指していた夢だ」
「完成には、まだまだ?」
「俺達の代には、もしかしたら完成しないかもしれない」
俺の寿命は、あと何十年あるのだろうか。五十年?八十年?たかだかその年数で、これまでの二千年の歴史を全て覆しきれるとは思えない。
「それでも、俺は完成を夢見て、追い求め続けるつもりだ。それがせめてもの、彼等への償い」
この夢を俺に託してくれた、リウィウスさんを始めたヴェーダのメンバー。最後まで、俺を認め続けてくれた、武術部のみんな。そして、俺のせいで死なせてしまった両親。
彼等の満足してくれる世界を創ることだけが、彼等に対し、俺が唯一出来ること。その考えは、今でも変わらない。
「魔王二人には、感謝しないとな。彼ら無しじゃ、新しい世界は創れない」
「また今度、お菓子でも持っていきましょう」
そうだな、と俺は頷く。
「まあそれでも、俺達が時代を担っていくのは、精々後三十年が限度だろうな」
「どうして?」
「それから先は、こいつらの時代だからさ」
俺は息子の、ニアの頭に手を置いた。
「俺達は、ひとつの時代を終わらせた。次の新しい時代の行方は、こいつらの手に握られている」
ニアがまた、不思議そうに俺を見る。
「それまでのもうしばらく、天国の皆が認めてくれるような、こいつらが生きていて良かったと思えるような世界を目指そう」
イヴが目を細める。俺も、眼下の都市を眺めた。脳裏を巡る様々な記憶に、胸が詰まる。
魔王達の暮らす城の時計塔から、正午を知らせる鐘が響いた。またしばらく、彼ら魔王には迷惑をかけることになるな。
それでも俺は、諦めない。
限りなく現実的で、それでいて、幻想的なその夢を追って――――――
「Near Real」完結です。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この「Near Neal」は連載開始当時、世界観やストーリ、小説手法含め、何から何まで自分にとっては初の試みとなるものばかりでした。
本サイトのランキング上位作品に触発され、自分もファンタジー色強めの作品を作って見ようと思ったのが事の始まり。以来、書いたことのない、ラノベ調の砕けた文体、一切が非現実的な世界観、無駄に個性的で、ギャグテイストを入れたキャラクターに、一年を超える連載期間 etc...
こんなに長い物語を書いたことのない自分にとって、後半の半年間は書くことを苦痛に感じてしまうこともありました。それでも、ここまで書ききれたのはやはり、ずっと読み続けてくれた読者の皆様や、時たま急に伸びるアクセス数に、モチベーションを維持出来たからです。
時々、方向性が分からなくなって迷走することもありましたが、こうして、ひとつの作品を完結させることができたことに、最早幸せを感じています。
「Near Neal」は、一人の青年が、終始自己思想を押し通し、社会を変革させていく物語でした。だからこの話は、ハッピーエンドでもあり、バッドエンドであるとも取れます。果たして本当に、“正しさ”を社会全体に強要させることは、正しいことなのか。中二病な作者のイタい考えは、こうしてあとがきに書いてしまうことで、更に大変なものへとなりました。
そんな下らない冗談はさておき。
正直な話をしますと、ここまで長い間ひとつの物語を書き続けてきたのが初めての経験と言うのもあり、なんだかんだ、この物語を終わらせたくない気持ちで、今は一杯です。身内仲間からはいつも「早く終わらせろよ(笑)」と言われているんですけどね。
こうして、客観的に見たら普通にイタいだけのあとがきをこうもグダグダと書き続けているのにも、そんな背景があるんです。こうして、いつまでもこの物語に触れていたいのです。
けれども、この物語は、ここで終わらせるのがベストなのかもしれません。この先、シェル達の夢が完全に叶っても、叶わなくても、自分の中では決して、これ以上の終わらせ方をすることは出来ないように思います。
シェル・クライマンの物語は、ここで終わりです。彼らのそして、次世代のニア達の物語は、誰にも語ることが出来ないのです。勿論、作者である自分自身にも。
非常に惜しい気持ちで胸が一杯ですが、これにて、「Near Neal」は閉幕です。
本当に、ありがとうございました。