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Near Real  作者: 東田 悼侃
第四章 破壊編
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23rd story 新たな時代への旅立ち

 あの放送から、一週間が過ぎた。俺はフロム岬で、やって来る人々を待っていた。


 刻限は昼頃まで。その頃になると、魔境からの迎えの船がやって来る手はずになっている。俺は、少しずつ集まってくる人々を眺めた。まだ、五十人といったところか。


「シェル!」


 その人だかりの中から、誰かが俺の名前を呼んだ。俺はその声の主を探した。誰かが、人だかりを抜けて俺に向かってくる。


「ハルさん?」


 元武術部マネージャーで、サルゴンの彼女の、魔法使いであるアオナ・ハルだった。ハルさんは俺の所まで駆け寄ってくると、真面目な顔で俺に尋ねた。


「ねぇ、貴方なら知ってるでしょ?サルゴンの事。討伐隊から帰ってこないの」


 俺は絶句した。知らされていないのか?俺の様子を見て、ハルさんの頬がひきつる。


「ねえ、何で黙ってるの?きっと、魔境で魔族と暮らしてるんでしょ?ねえ、そうでしょ?」


 どう伝えればいいのだろうか。俺は苦悶する。


「答えなさいよ」


 ハルさんが、俺の襟を掴み、詰め寄る。


「それともまさか、あっちで新しい女を作ってるって訳じゃぁないでしょうね」


「――――ハルさん」


 それでも、真実を伝えるべきだろう。そしてそれは、俺の仕事かもしれない。俺は重い口を開く。何よ、とハルさんは俺を睨んだ。


「サルゴンは――――サルゴンは、最期まで俺の事を友達だと言ってくれた」


「――どういうこと?何が言いたいの?」


「サルゴンはさ――」


「生きてるよね!?ねえッ!生きてるよねッ!」


 ハルさんの目からは、既に涙が溢れていた。彼女なりに、もう何があったのかを察していたのだろう。俺は小さく首肯いた。ハルさんが目を見開く。それからして、地面へと泣き崩れた。


 こういうときにどうすればいいのか、俺には分からなかった。俺はしゃがみこんで、ハルさんの背中を撫でた。


「ごめんな。ごめん」


 それから、ひたすらハルさんに謝った。



「私も行くわ」


 やがて、震えた声でハルさんが言った。


「私も魔境へ行く」


 ハルさんは顔を上げると、俺を見た。


「サルゴンはいつも言ってた。俺が言うと意外かもしれないけど、俺はシェルの創る世界に興味あるって。いつか、俺ではなくあいつが正しかったんだと思えるような世界を創って欲しい、って」


 そんな事を言っていたのか――俺は息を詰まらせた。


「だから、貴方の創り出す世界を、サルゴンに変わって私が見届ける。それで将来、天国でサルゴンに会って言うの。シェルは正しい世界を創ったって。だから――――」


 ハルさんは一呼吸置くと、睨むような勢いで俺の目を見詰めた。


「創りなさいよ、正しい世界」


「――――ああ」


 俺は頷いた。


「創ってやるよ。正しい世界を」


 それが、せめてもの償いだ。彼らの命に見合うような世界を創るしかない。残された俺に出来るのは、それだけだ。


 刻限が来た。魔族からの船が、港に錨を降ろす。船は、かなりの大きさを誇っていた。何百人と収容することを想定したのだろう。だが、岬に集まっていた人々は、二百人にも届かなかった。その誰の目にも、不安が浮かんでいる。


 船の甲板に、二つの影が現れた。


「シェル、用意はいいかい?」


 聞き覚えのある声に、俺は目を凝らした。――――キースとタムズ...魔境を留守にしていいのかよ。


「今、そっちに行くね」


 タムズが甲板から飛び降り、港に着地した。急な衝撃音に、集まっていた人々が一斉に振り向いた。――ビビらせてどうするんだよ。


「これで全員かい?思っていたよりも、集まらなかったね」


 タムズが歩いてくる。後方で、小さな悲鳴が上がった。


「あまり驚かせない方がいいんじゃぁ――」


「何でだい?だって、魔境へ行ったら、こんなのばっかりなんだよ?今のうちに慣れておかないと」


 とはいっても、先入観がなぁ。言ってることは間違ってないんだが。


「それじゃあ、全員船に乗せてくれ。――安心しろよ。船員は必要最低限しか連れてきてないからさ。そんなに多くない」


 俺は頷くと、集まった二百人弱の集団に向かって叫んだ。


「皆さん、船が到着しました。魔族は襲ってくるようなことはしないので、ご安心して順々にお乗り下さい」


 しかし、誰も動かない。どうしよう。俺はタムズに振り向いた。


「まあまあ。急に魔族が安全です、何て言われても、困るよね?これまで凶暴な奴らって習ってきたらしいんだから」


 タムズが口を開く。


「でも、みんなここに来てるってことは、魔族は安全だって思ってるってことだよね?なら、大丈夫だ。お化け屋敷のお化けの方が怖い」


 何人かがクスリと笑う。魔族肯定派とはいえ、タムズの言うように、やはり先入観はあったのだ。それとのギャップが、どうやら可笑しかったようだ。


「うん、掴みはオーケーだ。よし、じゃあ船に乗ろう」


 タムズの言葉に、何人かが船へと足を動かす。それにつられて、ぞろぞろと船へ向かう列ができた。港に、船からの橋が降りる。その列を横目に、タムズが俺に言った。


「それじゃあシェル、あとはキースと動いてくれ。僕はこれから、アクピス教の代表者と会って、和解を申し出てくる。アクピス教の本部と代表を教えてくれないかい?」


「えっと――――総本山は“ペルセポリス”と言って、人類領域のど真ん中にあります。現最高顧問はミッキー・サイモンですけど――――一人でいいんですか?」


 タムズが首肯く。


「むしろ、一人の方がいいだろうし。大勢で行ったら、全く取り合う暇もなくなっちゃうかもしれない。油断されるぐらいがちょうどいいんじゃないのかな?」


 まあ確かに、この人が負けるなんてことはないんだろうけれど―――


「最悪僕が捕まったりしても、まだキースが居るし、ね?」


 ヘラっとタムズが笑う。


「まあ、任せて。交渉とか初めてだけど、適当にやればなんとかなるでしょ」


 いや、やっぱり一人で行かせちゃ駄目だ。


「大丈夫大丈夫。いざとなったら、床を割るなりして威圧すればいいから。――まあ、そんな事したくないけど」


 そんなことでさ、とタムズが俺の肩を叩く。


「君は早く、イヴさんの所へ帰ってあげなよ。彼女も心配してるんだ」


 その言葉で、俺は丸め込まれた。タムズに見送られ、船へと乗り込む。先に乗り込んだ人類の皆は、まだ甲板に停滞していた。港とを繋ぐ橋が回収される。


「出港していいかな?」


 キースが俺に尋ねる。俺は頷いた。


「それじゃあみなさん!船内へどーぞ。船が出ます」


 キースが叫ぶ。人々はまたぞろぞろと、船内へと入っていった。俺はキースと共に甲板に残った。




 船が出港する。

次回、水曜日投稿が最終回となります。

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