22nd story 哀しみの帰郷
全人類に向け、魔族との共存を促す放送を流した翌日、俺はユグノ・サンバルテルミに会いに行くことにした。
彼とももう、数年は会っていない。元気にしているだろうか。
電話帳で、サンバルテルミ姓を調べると、載っているのは五件のみだった。上から一つずつ電話を掛け、ユグの家であるかを確認することにした。
ユグの家は、早くも二件目でヒットした。電話口に出た母親らしき女性に、ユグと変わってもらう。
「シェルか!?久し振りだなぁ!」
懐かしい声が流れた。相変わらずそうだな。思わず、頬が緩む。
「久し振り。元気にやってるか?」
「おうよ!今は実家で両親の手伝いをしてる」
「そうか」
電話越しに俺は頷いた。
「ところでユグ、昨日の放送は見たか?」
「放送――――ああ、あれか。すげえなお前。一躍有名人じゃねえか!」
ユグが興奮気味になる。俺は苦笑した。
「それで、お前はどうするんだ?ユグ。魔境に来ないか?」
「あ――――」
しばらくユグが無言になる。俺は彼の返事を待った。
「いや、俺は行かないことにするよ」
「どうして?」
「俺の両親はこっちに残るって言ってるからさ、俺も残る。二人とももう年取ってきて、農業も大変になってるからさ。こっちに居る分には、すぐに駆け付けられる距離だからいいんだけど、魔境ってちょっと遠いじゃん?俺、高校にも行かせてもらって、親には感謝してるからさ。恩返しできるうちに、恩返ししておきたいんだ」
「そうか」
お前がそうするのならば、それでいい。
「また暇があったら、そっちにも遊びに行こうかな」
待ってるよ、と俺は答える。これでまた、しばらくユグとは会えなくなるだろう。
「そういえばシェル。お前、自分の両親のことは知ってるか?」
「――――ああ。殺されたんだろ?アクピス教に」
「そうなんだ。それで、極罪人ってことで、遺体が遺族には渡されなくてさ。アクピス教が勝手に処分したらしいんだよ。だから、お墓はあるんだけれど、両親の遺体は納められてないらしいんだ。それでも―――墓参り、するよな?」
「そうだな」
「なら、場所教えるよ」
その後、ユグに教えられた両親の墓を、俺は訪ねた。霊園の奥の、静かなところに、ひっそりと、小さな墓が二つ並んでいた。エデル・クライマンとエレナ・クライマンと刻まれた小さな墓の前には、それぞれ数輪の花が供えられていた。二つの墓は、他のそれらと比べると、明らかに小さく、粗末なものだった。
「――――ごめん」
二人は、俺の両親だという理由で殺された。俺という“悪魔”を生み出した罪を背負わされて。それはアクピス教の言い分だ。けれど、二人が死んだことは事実だ。俺がこんな思想を持たなければ、二人が死ぬことはなかった。俺がアクピス教に反発しなければ、二人は死ななくて良かった。二人に迷惑はかけないと言ったのに――――そう言ったのに、これ以上のない迷惑を、二人にかけてしまった。
こんなバカ息子のことを、二人はどう思いながら死んでいったのだろうか。恨んだだろうか。正しいと信じ続けてくれただろうか。どうであれ――――どうであれ、二人には、謝っても謝りきれない。
「ごめんなさい――――――ごめんなさい」
それでも俺には、謝ることしか出来なかった。二人はもうこの世には居ないのだから。俺にはもう、二人に何をしてやることも出来ない。
部長達や、両親の命に見会うような価値が、“人類と魔族の共存”というこの一項にはあるのだろうか。俺は本当に正しいことをしているのだろうか。
俺にはよくわからなくたって来た。あの皆の命よりも重要なものが、他にあるだろうか。
それでも俺は、魔境に帰らなくては。魔境には、俺の帰りを待っている人が居る。
イヴ――――今はお前だけが、この世の全てかもしれない。
「ごめんなさい――ごめんなさい」
視界が霞む。
ここまで来たからには、やり遂げるしかない。それでも――――――――
それでも、今だけは
俺はいつまでも、両親や部長達に向かい、謝り続けた。
次回更新は土曜日です。