20th story イデア
「知りたかったことはそれだけだ。ありがとう、ピシウス」
タムズがピシウスに礼を言った。ピシウスはそれに反応を示さない。
「それで、話は変わるんだけれど――ピシウス、一つ、提案があるんだ」
キースが、右手の人差し指を立てて言う。
「僕達魔族と人類の争いは、もう二千年も続いているけれど」
「僕達はもう、疲れたよ。だから、この辺で止めにしないか?」
「人類と魔族、同じ星に生きるもの同士、仲良くやっていかないか?」
「無益な争いは、もう止めようよ」
二人が、ピシウスに対し手を差し出す。しかしピシウスは、それを笑い飛ばした。
「残念だが、それは叶わない。俺を魔王にしてくれるとでも言うのなら、話は別だがな」
魔王二人が顔をしかめる。
「――君はまだ、イデアの念を引き摺っているのかい?」
「もう百代以上も昔の因縁じゃあないか」
「俺達イデアの子孫にとっては、それが全てだ。そのためだけに、今日まで、このイデアの血が受け継がれてきた」
「“イデア・アカド”――――」
「どうしてそんなに、魔王の地位に執着する?何もいいことなんてないのに」
「頂点を取るためだ」
ピシウスが言う。
「この星でもっとも大きな勢力を持つ魔族の王になれば、この星で頂点を取れる。それだけだ」
二人の魔王は、溜め息を吐いた。
「そんな事のためだけに――――――」
「魔王の座は譲れないよ、君には」
「だろうなぁ」
ピシウスが呟く。
「ならもう、話は終いだ。貴様らにもう話すことはない」
そういうとピシウスは――――――――舌を噛み切った。
「な!?」
何をしているんだ!?こいつ!
「やれやれ」
二人の魔王が、再び溜め息を吐く。
「やっぱり、僕達には理解できないよ」
「自殺なんかして、それでなんになるんだよ」
呆気なく、ピシウスは事切れる。俺は呆然として、その場に立ち尽くした。
「―――さて、撤収だ。ピシウスがこうなってしまえば、彼ら人類には戦う意味はなくなった」
「シェル、君も内陸へ戻るといい。イヴさんも待っているだろう」
二人が同時に俺に顔を向ける。しかし俺は、首を横に振った。
「いいえ。俺はまだ帰りません。これから、もう一仕事してきます」
「?どういうことだい?」
二人が首をかしげる。
「人類の中には、魔族との共存を望んでいる人も、少数ですが存在します。ピシウスが死に、アクピス教の権威が失墜した今なら、そういった人達を取り込むことが可能です」
「本当か?」
「ええ。いくつか手助けさえしてもらえれば」
ふたりは、しばらく押し黙った。
「俺達の夢の実現に、一歩前進できます」
「まあ、それは喜ばしいことではあるんだけど――」
「手助けと言うのは、具体的には何が必要なんだ?」
タムズの問いに、俺は答える。
「人類領域全域の電波をジャックする手段。それと、こちらへの移住を希望する人達の搬送手段の二つです」
「まあどちらも、手段はあるが―――」
「今から行く気なのかい?」
「ええ」
俺は頷く。
「人類最強の肩書きを持った男が死に、アクピス教のバックアップであったピシウスも死んだ。勝てると確信していた遠征の失敗に、人類は混乱するでしょう。その騒ぎが冷めないうちがいい」
「まあ、魔族の最大の危機は去ったからねぇ」
「問題ない――――かな?」
二人が、顔を合わせて頷く。
「なら、行ってくるといい」
「手助けはしよう」
二人の答えに、俺は顔をほころばせた。
次回更新は土曜日です。