19th story 勇者
ピシウスは、間違いなく俺より強い。単純なパラメーターの比較じゃあ、俺は絶対に負ける。
俺は綺麗な勝ち方にこだわりすぎていたのかもしれない。これは殺し合いなんだ。戦争なんだ。最後に生き残った者が大義だ。
俺は連撃の速度を上げた。ただし、そのほとんどを、ピシウスの剣を持たない、左半身に向けて。
「貴様の敗けだ。シェル・クライマン」
ピシウスが口角をつり上げ、攻撃量の少ない、俺の左半身を狙う。
無傷で勝とうなんざ、到底無理な話だったんだよ。
俺は、ピシウスの斬撃を左腕で受け止めた。深く剣が刺さる。血がどっと溢れる。アドレナリンのせいか、痛みはない。
俺は、左腕に力を込めた。筋肉を硬直させ、ピシウスの剣をほんの一瞬、そこに固定する。
「無駄だ」
ピシウスは、難なく剣を引き抜いた。けど、無駄じゃないんだな。一瞬でも、お前の視線を一ヶ所に釘付けにできたことが、一瞬でもお前に隙が出来たということが重要なんだ。
ピシウスの首めがけ、俺は剣を横凪ぎに振った。
「グウッ!」
しかし、ピシウスは流石だった。咄嗟に後方に下がることで、被害を最小限に押さえる。ピシウスの首から、血が吹き出た。俺の顔に、返り血がベッタリとかかる。本当なら、首から上は完全に胴体と分離していたはずだったんだが。
ピシウスは、首の傷口を押さえて座り込んだ。出血量が多い。そのせいだろう。だが、それだけでは足りない。気道すら傷付いていない。俺はとどめを刺そうと、剣を振り上げた。
「シェル!待って!」
その俺を、タムズが呼び止めた。何故?俺は二人の方を振り向いた。
「そいつには、いくつか聞きたいことがあるんだ」
二人が、俺の両隣へやって来る。
「頼むから、その剣を下ろしてくれ」
二人には、返しても返しきれない借りがある。俺は素直に剣を納めた。二人に反抗するのはハイリスクだ。それに、この二人なら、悪いようにはならないだろう。
「ありがとう。助かるよ」
言いながら、キースはピシウスから剣を取り上げた。
「大人しく従ってくれれば、悪いようにはしないさ」
「二千年前の血縁のよしみだ。少し付き合ってくれないか?」
フン、とピシウスが鼻を鳴らす。
「好きにしろ」
やけに物分かりがいい。もしかして、根は悪い奴じゃないのか?
「ありがとう。それで、ひとつ聞きたいんだ。君たちの内情ばかりは、どうしても僕達には分からないからね」
「これまで、数百年に一人のレベルでしか生まれてこなかった“勇者”が、最近は大量に発生してるじゃないか」
「そのカラクリが聞きたい」
「一体、“勇者”とは何なんだ?」
魔王の問いに、ピシウスはしばらく押し黙った。何を考えているのだろうか。やがて、ピシウスが口を開く。
「“勇者”は――――貴様らにも想像はついてるだろ?勇者は、体内に微量ながら魔王の血を宿した者達だ」
「なんだって?」
確かに昔、二人の魔王からその可能性の話を聞かされたことはある。だが、それについては、俺はかなり疑っていたのだ。だが、当の本人の口からそれが語られたとなると、いよいよ、嘘ではなくなってきたようだ。しかしそれでも、俺にはそれが理解できない。
「まさか、勇者は皆、魔王の子孫だって言うのか?」
ピシウスが俺を一瞥し、嘲笑する。違うのか?
「それでは“豊作の時代”の説明がつかないだろう。少しは頭の回る奴だと思っていたが――所詮、その程度か」
「どうやって魔王の血を宿したんだい?」
キースが口を挟む。ピシウスは、二人の魔王に視線を戻すと答えた。
「簡単だ。魔王の血を体内に摂取させればいい。とは言っても、生まれてからではもう遅い。母体の胎内に居る、未成熟な状態のときに摂取させなければならない」
「どうやって?」
タムズが尋ねる。ピシウスは溜め息を吐くと続けた。
「この“豊作の時代”、つまり、勇者の大量生産を始めたのは、俺が“ピシウス”となってからだ。時期は“人類の聖戦”の中頃の事。それまでは、
“勇者”はその存在を貴重なものとさせるため、数百年に一度にしか作り出してこなかった。
しかし、それでは魔族との長い因縁にはいつまで経っても決着がつかない。だから、“勇者”を無差別的に発生させるようにした。
魔王の、つまり俺の血液の成分を含んだ液体を、特殊な魔法によって、自然治癒力を高められる“回復薬”として、全人類に普及させた。年代的には、そこのシェル・クライマンの親の親ぐらいが戦線に立っていた代か?
しかし、“勇者”の発生には、個人の適正もある程度必要となる。発生率は百分の一以下。戦時前後は、出生率が少なかったからな。これは効果が薄かった。
だから戦後、俺達は人類にある飲み物を流通させた。誰もが一度は口にしたことのある飲料水と言えば――――シェル・クライマン、貴様なら知っているだろう」
「“Brave”」
俺は呟いた。長い間、異常なほどのヒットを飛ばし続けている、誰もが水道水の次に多く口にするような飲料水―――
「そうだ。普及させるまでに手間はかかったが、一度軌道に乗ってしまえば、後は簡単だった」
「なるほど」
二人の魔王が頷く。
「それが“豊作の時代”か」
魔族を憎むお前らの体内には、その魔族の血が流れているのか。
何て皮肉な話だろうか。俺はその事実に、もはや笑うしかなかった。
次回更新は水曜日です。