17th story ピシウス
「ピシウスだと──」
突如空から現れた、ピシウスと名乗るそいつから、俺はまた一歩、遠ざかった。
「二千年も前の奴が、まだ生きているとでも言うのか?」
反魔族排斥主義組織ヴェーダのリーダー、リウィウスさんが言っていた。“アクピス教には、ヒデ・ヤマト以上の存在が居るかもしれない”と。きっと、目の前に居るこいつがそうなのだろう。だとしても、何故ピシウスを名乗る?
「その甲冑の下は誰なんだ!お前は何者なんだ!!」
「答える必要はない」
そいつが一歩、足を前へ進める。俺は一歩後退し、距離を保った。
ゆらり、と甲冑の体が揺らめいた。瞬間、甲冑は俺に向かって加速した。甲冑げ俺目掛けて振る剣筋を、俺はギリギリで受け止めた。
速い!?
「──なるほど。普通の勇者ではないとは、こういうことか」
鍔迫り合いの中、甲冑が言葉を発する。その速さだけでなく、パワーも尋常じゃない。俺は思いっきり、甲冑の腹を蹴飛ばした。再び距離を取る。
「魔王の血が混ざっているのか?──面白い」
さしてダメージもないように、甲冑は体勢を立て直した。
嘘だろ?あんだけ思いっきり蹴飛ばしたんだぞ?ほぼ無傷ってどんな体してるんだよ。
「ならば、舐めてかかってはならないな」
甲冑が再び俺に向かって加速した。更に速くなっている。
「くっ!!」
俺はかろうじて、甲冑の斬擊をいなした。指先がじんと痺れる。魔王の血を引いてて、かつ覚醒した俺が押し負けるなんて──そんな相手、魔王以外には居るはずがないんじゃ?
甲冑が、俺にいなされた剣を返す。二度目の斬擊はいなせきれず、正面から受け止めてしまった。手から剣が抜ける。甲冑は振った剣をもう一度返した。残った一本で、それを防ぐ。再び力負けした俺は、もう一本の剣も取り落とした。更に再三、甲冑は剣を返した。もう防げるものはない──
その時、誰かが背後から、俺の首裏の襟を引っ張った。甲冑の斬擊が俺の頬を掠める。俺はそのまま、背中から地面に倒れ込んだ。
「やはり、イデアの子孫だったか」
タムズとキースが、俺の後ろに立っていた。タムズが俺を助けてくれたようだ。
「シェルからアクピス教の話を聞いたときから、まさかとは思っていたけれど」
二人は、俺と甲冑との間に立った。
「──双子か」
甲冑が呟く。
「現魔王のタムズ・アカドだ」
「同じく、キース・アカド」
俺は立ち上がると、自己紹介をする二人の肩に手をかけた。
「待ってください。まさか、二人でやるつもりじゃあないでしょうね」
二人は、同時に俺に首を向けた。
「シェル、彼はピシウスだ」
「君では勝てない」
「ちょっと待ってくださいよ。ピシウスは二千年も前の存在ですよ?もう生きてるわけがない」
「そうだね」
タムズが肯く。
「そりゃ、当時のピシウスはもう生きていないさ。彼はその子孫だ」
キースが続けた。
「前にも話しただろ?ピシウスは魔王の血縁だ」
「その子孫である彼も、いくらか人類と混血しているとはいえ、魔王の血を持っている」
「それもおそらく、君よりは濃いものを」
「だからきっと、君より強い」
そんなことは分かっている。今、少し剣を交えただけでも、それは理解できた。だけれど──
「それでも、俺にやらせて下さい」
やれやれ、と二人は首を振る。
「本当に我が儘だなぁ、君は」
「なら、とことん自分でやるんだよ?今回ばかりは、僕達は絶対に君を手助けしない」
「そうてなければ不平等だし、何より君の成長にならない」
それでいいのだ。こいつを、ピシウスを倒さなければ、俺の復讐は終われない。
俺は礼を言うと、二人の前に出た。ピシウスに対し、拾い上げた二本の剣を構える。
「さあ、最終決戦だ」
これで、全ての因縁を断ち切ろう。
次回更新は水曜日です。