16th story 降臨
「ヒデ・ヤマトが――死んだ...」
人類軍はまだ、その事実を受け入れられていないようだった。俺はヒデ・ヤマトから剣を引き抜くと、立ち呆ける人類軍を眺めた。
向かってこない限りは、殺さないでおこう。そこは、越えてはならない最後の一線のように思える。人類が話が次の行動に移すのを俺は待った。
しかし、いつまで待っても、彼らは動き出しそうになかった。仕方ねえ。俺は口を開いた。
「最高指揮官はどこだ!話がしたい!」
俺の声が届いた前線の勇者達が、互いに顔を見合わせる。
「――――いいのか?」
「いや、そうやって殺す気なんじゃ――」
最高指揮官に会わせていいものなのかどうか、彼らは戸惑っているようだった。
「目的は何だ!」
人類軍の列の後方から声がした。それに合わせ、さっと人類軍が中央を開く。開いたスペースの奥に、最高指揮官と見られる声の主がいた。無駄に飾った防具を着ているため、それと一目で分かる。
「これ以上やりあっても、互いに損害が大きくなるだけだ!平和的解決といこうじゃないか!」
指揮官に対し、俺は答える。彼は俺の言葉を受け、しばらく考えると答えた。
「いいだろう!しかし、その剣を持ったまま話し合うつもりか!?」
「勿論、そんなつもりはない」
俺は両手に握った剣を鞘に納めると、鞘ごと腰から引き抜き、地面に置いた。
「なら、ここへ来い。そうしたら話してやる」
指揮官の高圧的な態度に、俺は苦笑した。ヒデ・ヤマトという最大のカードを失っておいて、まだ有利な状況にあると踏んでいるのだろうか。それとも、覚醒勇者一万人に囲まれていれば、そうなるのも必然か?
「分かった」
俺はあえて、指揮官のもとに赴くことにした。間違いなく、これは罠だ。だが、そうと分かっていても動かなければ、状況に変化が起きない。覚醒した俺の力がどれぐらいなのかは、まだ把握しきれていない。その力が強大なものであると、俺は信じよう。
勇者達が両脇に開いてできた、最高指揮官への真っ直ぐな道を、俺は進む。指揮官の前まで俺がやって来ると、広報の道は閉ざされた。やっぱりな。
「若いな」
最高指揮官が口を開く。俺は無言を貫いた。
「その若さで、我々に反旗を翻すとは。貴様のその勇気には恐れ入ったよ」
勇気――――果たしてこれは、勇気なのだろうか。
「だが、まだ若い。若すぎたな、青年。まだまだ経験が足りない」
最高指揮官が片手を頭上に掲げる。周囲を囲む勇者達が、一斉に銃を構えた。
「こんな見え見えの罠にも引っ掛かるとはな」
構え、と最高指揮官が言う。銃口が全て、俺に向けられた。俺にはしかし、焦りはなかった。
「罠だと知ってて、わざと引っ掛かったんだよ」
「何とでも言え。負け犬の遠吠えにしかならん」
指揮官が、俺の言葉を鼻で笑う。
「あんたも、いまいち状況を理解できてないんじゃあないのか?」
指揮官の眉が、ピクリと動く。
「なんだと?」
「だってさ」
俺はそう言うと、不意に指揮官の裏に回り込み、指揮官を組み伏せた。
「こうしてあんたが人質に取られれば、周りは手の出しようがないじゃないか」
「ふん!ならば、俺ごと撃ち抜かせればよかろう──全員、発射ッ!」
しかし、指揮官の命令を実行した者は、ほんの一握りのみだった。他は皆、本当に撃っていいのか迷っているようだった。
放たれたいくつかの弾が指揮官に当たらないようにしながら、俺はそれらの全てを躱した。その流れ弾に、何人かの勇者が被弾する。
「それと、言う必要もなかったから言ってないけど、銃弾ってノロいんだよね。銃口に密着した状態で発射されたって、今の俺なら避けられる」
「馬鹿な──」
指揮官が唖然とする。
「まあ、そういうことだからさ。平和的解決を受け入れるのが一番だと思うよ、俺は」
俺に組み敷かれた最高指揮官は、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「──条件は何だ」
「話が早くて助かる。簡単な条件だ。今後一切、魔物に手を出すな。それと、人類に対する教育で伝えるのは、“魔族”の真実の姿にしろ。忌々しい人類の敵というのではなく、本来の、温厚な種族であることを確実に伝えろ。それだけだ。簡単だろ?」
「───分かった」
最高指揮官が小さく頷いた。
「上に掛け合おう」
「よし。なら、とっとと人類領域に帰るんだな」
俺は、周りの勇者達に促した。お前らが俺から離れた後で、この男は放すと伝える。しかし、彼らは動かない。
「言う通りにしろ。離れるんだ」
最高指揮官が、動かない勇者達に命令する。
その時だった。二人の魔王が人類の前に初めて姿を現した時のように、空から声がした。
『反逆罪と見なす。死刑だ』
魔王達の声ではない。
俺は空を見上げた。刹那、俺の組み伏せていた最高指揮官の頭部に、上空から槍が突き刺さった。同時に、目の前に何者かが着地する。
そいつは、全身を甲冑で包んでいた。最高指揮官の頭に刺さった槍を、そいつが回収する。俺は返り血を避け、その場から飛び退いた。最高指揮官は即死だった。
「勝手に平和的解決を図るなど、言語道断だ」
そいつが、槍に付着した血を拭う。
「何者だ!!」
俺はそいつに向かって叫んだ。何か、ヤバい雰囲気だ。
「貴様が、シェル・クライマンか」
ドスのきいた声で、そいつが言った。
「魔族と人類の共存を望んでいるらしいな────死刑だ」
そいつは槍を投げ捨てると、腰の剣を引き抜いた。
「このピシウス様が、貴様を直接抹殺する」
──────アクピス教教祖ピシウスを名乗ったそいつは、剣先を俺に突きつけてそう言った。
次回更新は土曜日です。




