10th story ワンマン
「ああ、こんにちは。で、噂の子が来てるって聞いたんだけど」
俺は、部長と呼ばれたその男に目をやった。身長は決して大きくなく、しかし決して小さくもなく。かなり鍛え上げられた肉体をしているが、かといって、特別それが他の部員よりもずば抜けているわけでもない。むしろ、先程腕相撲をした男の方が部長、と言われてしっくりくる。覇気も余り感じられない。
「君か?噂になっているシェル・クライマンというのは」
部長が、見慣れない顔の俺を見付けて尋ねてきた。俺は小さく頷く。部長は俺の前まで来ると、俺を見詰めた。
「何しに来たんだい?見学かい?それとも殴り込みかい?」
若干、身長差で俺が部長を見下ろした形になる。だが、気圧されているのは俺の方だ。
「いいえ、入部希望です」
俺は首を横に振って答えた。それを聞いた途端、部長の相好が崩れる。
「そうか、よく来た。歓迎するよ」
にこやかに微笑みながら、俺の手を握り必要以上にブンブンと振る。俺は顔をしかめた。
「俺はこの“武術部”の部長のセム・ウルクだ。よろしくな、シェル・クライマン」
自己紹介と共に、更に腕の振りを強くするウルク部長。痛い痛い痛い痛い痛い。肩外れるって。
俺は握られた腕に力を込めた。ピタリ、と振られていた腕が止まる。
「よろしくお願いします。セム・ウルク部長」
軽く皮肉ぎみな笑みを浮かべながら挨拶を返す。一瞬、不思議そうな表情をした部長だったが、直ぐに笑みを戻す。
「面白いな~お前。気に入った!俺が直々に手施ししてやるよ」
バンバンと俺の背中を叩く。最初に登場したときのあのえもいわれぬ威圧感はどこにいった。半ば呆れて、叩かれる背中は放置しておいた。そこに、腕相撲をした男が割り込んでくる。
「セム、まさかだとは思うが、アレを教える気はないだろうな?」
「なんのことだい?アグル」
「とぼけるなよな。とぼけるってことは.........教える気なんだな」
アグルと呼ばれたその男が部長の胸ぐらを掴む。だが、部長の笑顔は崩れない。
「彼は逸材だ。これは先生から聞いた話だけどな、彼の実力は覚醒勇者の精鋭とも肩を並べる程だそうだぞ。まだなんの訓練も受けてなく、覚醒もしていない彼が、ね」
部長が俺を見る。間違いではない。俺は頷いた。
「だからといって、アレを教えると言われても不自然に破壊された机なんて、俺にはみえないできない。俺でさえ、まだ教えてもらってねぇじゃないか」
アグル....先輩なんだろう、の口調に怒気がこもる。
「俺が来る前に、お前ら何をやっていた?アグル。君、彼に腕相撲挑んで負けたんじゃないのか?」
アグル先輩の表情に驚愕の色が加わる。
「何故......それを....」
「さあ、何でだろう。不自然に破壊された机なんて、俺には見えないなぁ。その机から予測できる力のかかった方向と、俺が来た際の君達の立ち位置なんて、何も関係ないだろうしねー」
アグル先輩の顔がひくつく。部長......えげつない.....
「アグル、俺は別に君を過小評価するつもりはないし、かといって彼を過大評価する気もない。君を弄りたいという思いはあるけどね。でも.......」
そこで、初めて部長の顔が真剣なものになる。でも、弄りたいんだ、アグル先輩のこと。
「確かに君は勇者として覚醒している。けれど、まだまだ弱いよ。現に、僕と手合わしたって、一本も取れないじゃないか。もっと強くならないと」
ぐぅ、とアグル先輩が唸る。
「と、いうことで、だ」
どういうことなんだか。アグル先輩が、部長から手を離す。項垂れているのか、怒っているのか。顔を俯かせている。
「悪いが、みんなは走り込みに行ってくれないか?これからシェル君に教えることは、秘伝なんだ」
何か、入部届もまだ出していないのに、いきなり秘伝を伝授されるらしい。いいのかなぁ。こんなにサクサクとテンプレ通りに進んじゃって。渋々と部室から出ていく部員達の、羨望の眼差しを受ける。そりゃそうだな。
暫くのうちに、室内には俺と部長だけが残っていた。
しまった、と部長が何かに気付く。
「この机の残骸。君だよね?半分は君がやったんだよね?あいつらに片付けさせ忘れたからさ、君が片付けてくんない?」
え、俺すか?俺ですか、片付けるの。まぁ....実際俺が壊しているから、文句言えない。絶対、俺が断れないって分かってて言ってるよね、この人。性格悪すぎ。
「あっちの部屋に持っていってくれ。そう。ありがとな」
言われた部屋へ、チャッチャと机を片付け、再び部長の下へ戻る。
「さて、じゃあ始めるか」
部長が気合い満々に言う。いや、いいのか?
「あの、いいんですか?まだ俺、入部届も出してないんですけど」
部長は、それを聞いてニカッとした。何だか、ここら辺はユグと気が合いそうな人だ。
「いいの、いいの。どうせ入部するんなら、早くから始めた方が君のためになる」
そういうことにしとけばいいかな、と部長がボソリと呟いたなんて、俺は聞いていない。聞いていたとしても、聞いていないのだ。
「それで、だなシェル・クライマン」
部長の口調が、真剣なそれに変わる。アグル先輩の、からだ全体が抵抗するのに危機を感じるような重圧はない。筋肉が張りつめることもない。だが、心が、この男に逆らってはいけないということを理解し、それを受け入れていた。無理やり理解させられるようでもない。それがさも、自然の摂理であるかのように、スッと心の隅に落ち着く感覚だ。
「先ず、君の実力がどんなものかを試したい。俺に一撃でも入れてみろ。もしできたなら、直ぐにでも秘伝を教えてやる」
秘伝を教えてくれなんて一言も言ってないよ.....だが、どうやら部長にそんなことは関係ないらしい。やる気満々で屈伸を始めた。マジで俺、格闘経験ゼロだからな?精々、マンガやアニメで仕入れたような知識しかないよ、格闘術なんて。
「よし、準備はいいか?シェル・クライマン君」
本当我が儘な感じだな、この人。どうして、こんなワンマンでこの部活成り立ってるんだろ。
ああもうっ!どうにでもなれ!
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