11st story 試練 4
「―――驚いたよ。七人も相手をしておいて、全員を倒した上に、まだ立っていられるなんて」
肩を上下に揺らし、荒くなった息を整えるシェルの前に立っているのは、セム一人のみだった。
「一番厄介な相手は、まだ残っているんですけどね」
シェルがそう言うと、セムは苦笑した。
「お前はもう、十分俺より強いよ。俺に、あの人数を一人で倒しきれたかどうか」
「どうせ、全員倒しますよ、部長だって」
「買い被りすぎさ」
セムは首を横に振り、シェルの言葉を否定した。
「最後は俺だな、シェル。まあ、そんなことだから―――手加減してくれよな」
セムは銃を肩から外すと、引き金には指をかけず、まるで剣を持つかのように両手で柄を握った。
「手加減できる相手だったら、いくらでもできますけど―――部長相手じゃ無理ですね」
シェルも、二本の剣を引き抜くと、セムと対峙した。
シェルの視界からセムが消える。シェルは咄嗟に左手の剣を背中の方へと回した。ガン、と音がして、シェルの左手に衝撃が走る。シェルは思わず握っていた剣を取り落とした。追撃を逃れ、前方へ回避行動をする。
転がるシェルを、セムが追う。シェルが立ち上がろうとしたタイミングで、セムは剣を振り上げた。銃を重火器としてでなく、鈍器として扱ったようだ。
しかし、セムがそうしてくることは、シェルも見越していた。シェルは、剣でその銃を受け止めようとし―――嫌な予感がして、止めた。
シェルの目前で、直線的に振り下ろされてきた銃身が軌道を変える。シェルはそれを、剣ではなく掌で受け止めた。
「なッ!」
セムは驚きの声を上げ、反撃されないように銃を手放した。しかし、既にセムは後手に回っていた。シェルが、握った銃の柄でセムを突く。その先端は、セムの腹部にクリーンヒットした。その場にセムが崩れ、悶える。
シェルは、セムの背後へ回ると、セムの左腕と首をロックし、そのまま地べたに寝そべった。シェルはうつ伏せに、セムは仰向けの姿勢となる。
「ッ―――ほらな」
首を絞められた状態で、セムは口を開けた。
「やっぱり、お前の方が強い―――もう格上だ」
成長したな、とセムは呟く。
「今ステータスプレートを見れば、お前はまた、えげつない数値を叩き出してくれただろうな。簡易式でも、持ってくりゃよかった」
セムは自身の言葉に苦笑いした。
「さあ、シェル。覚悟してきたんだろ?殺せ」
「―――嫌です」
シェルの顔が悲痛に歪む。
「お前―――いい加減に―――」
「部長も、こっちへ来ましょうよ。魔族はみんな、いい人ばかりです。人類よりも、もっと友好的だし―――俺は今、毎日が充実しています」
「―――シェル、両腕に力を込めろ。お前のすることは、それだけだ」
「部長!!」
「それとも何だ。覚悟できていないのか?」
シェルは押し黙った。
「いいか。俺達人類と戦うってのは、こういうことなんだぜ、シェル。お前の中で、守るべきものの優先順位をはっきりさせろ」
固まったままのシェルの向かって、セムは続ける。
「家族を守るんだろ。男だったらやりきれよ」
シェルはしばらく空を仰ぎ―――やがて、セムの首から両腕を離した。セムは立ち上がり、地面にうつむくシェルを見詰めた。そして―――
「ッ!―――馬鹿野郎!!」
シェルを殴り飛ばした。刹那、セムの伸ばしたその腕に、斬撃が走る。
「あ゛ぁ゛ッ!!」
セムは右の手首より先を抱えてうずくまった。その周辺の地面が、紅に染まる。
「部長!?」
シェルは、セムの手前に落ちた“それ”を見て、叫んだ。
「成る程、凄まじい切れ味だな」
セムの脇に、シェルが先刻取り落とした剣を握った男が立つ。
「―――ヒデ・ヤマト―――――貴様ッ」
剣を握り、セムの右手を斬り落としたのは、“人類最強の男”ヒデ・ヤマトだった。ヤマトは蔑んだ目でセムを見下ろした。
「お前がシェル・クライマンを庇ったのは予想外だ――――よって、順番が変わった」
ヤマトは、剣を高く振り上げた。ヤマトがしようとしていることを悟ったシェルは、立ち上がると二人へと走った。ヤマトとシェルの目が合う。しかし、その行く手を、二人の男が遮った。武術部のバビル・ラ・イヴァンと、ハンニバル・ノミマスだった。
「どけ!!」
シェルは二人を押し退けて進もうとした。しかし、二人はシェルをガッチリと掴んで離さなかった。
「お前はここで見学だ」
バビルがシェルの耳元で囁く。ヤマトはシェル達から視線を外し、再びセムを見下ろした。
「裏切り者は―――死刑だ」
ヤマトが、セム目掛けて剣を振り下ろす。
「止めろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
シェルにはただ、叫ぶことしか出来なかった。
次回更新は水曜日です。