9th story 試練 2
先に仕掛けたのはシェルだった。
両手に剣を持ったまま、直線的にメルシスの懐へ走り込む。それに対しメルシスは、剣の切れ味を警戒し、なるべくシェルを引き寄せてから横に飛び退いた。それを予測していたシェルは、地を蹴って方向転換し、メルシスを追う。
「よくよく考えればよ―――これって、俺達かなり不利なんとちゃうか?」
移動を続けながら、メルシスは呟いた。
「このスピードじゃあ、銃もろくに当たらんわ」
と言いつつも、試しにシェルの移動先を予測して、弾を放ってみる。シェルは難なくそれを避けた。
「やっぱな。こりゃ、まともに戦っても勝ち目がない」
メルシスは急ブレーキをかけてその場に留まると、銃を放り投げて両手を挙げた。
「止めだ。止め。これじゃあ勝負が見えてる」
シェルはメルシスの挙動に警戒を解かないまま、彼の話に耳を傾けた。
「まあよ、こういう友情ものの戦いってのは、やっぱり殴り合いってのが相場だ。―――って事でよお。シェル、こっちでやろうぜ」
メルシスは拳を握ってファイティングポーズをとった。シェルは周囲を見渡し、メルシスのそれが罠ではないことを確認すると、溜め息を吐いた後に剣を鞘に納めた。
「そうだ。そういうノリがなきゃつまらねぇ」
二人は、互いの拳が届く位置にまで間合いを詰めた。しばらく、そのままで状態は膠着する。
「ほっ」
メルシスが初撃を仕掛けた。ストレートをシェルの顔面目掛けてかます。シェルはそれを、右手で下に叩き落とした。メルシスの体が前屈みになる。
「おっと」
メルシスが体勢を立て直す。その隙をついて、シェルは一気に間合いを詰めた。至近距離で、メルシスの腹部にアッパーを入れる。
「グフッ!」
それを辛うじて両手でガードしたものの、衝撃に悶えるメルシス。その後頭部に向け、シェルは手刀を繰り出した。メルシスが気絶し、その場に崩れ落ちる。
「済まない、メルシス―――」
倒れ込んだメルシスにそう謝った後、シェルは顔を上げて周りを見た。
「次は?」
「――――俺だ」
名乗りを上げたのは、メルシスと同じく、討伐隊でシェルと同室だった、魔法使いのマーク・ハンスだった。
「――剣を取れ。俺は殴り合いはしない」
彼が魔法使いであることを承知しているシェルは、頷いて剣を引き抜いた。
「構いませんよ」
魔法を警戒して、シェルは少し距離をとった。
ハンスも、至近距離でシェルと戦うつもりはなかった。手始めに、小さめの火炎弾を数発、シェルに向けて飛ばす。シェルは勿論、難なくそれを避けた。
「全力の魔法ってのは、どのくらいなんだ?」
シェルがハンスに尋ねる。
「知らん」
それに対しハンスは、必要以上に端的な答えを返した。
「―――そうか」
シェルは深呼吸すると、意を決して、一気にハンスの懐へ飛び込んだ。しかし、ハンスは冷静に魔法を発動し、シェルの進行を妨害する。無数の魔法弾を、シェルは全て紙一重でかわしていった。
目と鼻の先にまでシェルが迫る。ハンスはここで、初めて焦りを覚えた。
シェルが、ハンスに向けて剣を振り上げる。ハンスはシェルと自分との間に慌てて障壁を張った。シェルの振った剣の柄がその障壁に跳ね返される。シェルは舌打ちすると、再び距離をとった。
「厄介だな―――魔法」
「ふん」
ハンスが鼻を鳴らす。しかし、その額には脂汗が滲み出ていた。シェルの動きが予想以上に速く、精密だ。
<殺す気でないと、倒せない>
ハンスは、シェルの精神力に気付き、感服した。
<こんな思いをして、あいつは今、ここに立っているのか>
仲間と殺し合うと言う意味が、ハンスにはやっと分かった。自分はどこか、平和ボケしていた。魔族が自分達に敵わないと、心のどこかに慢心があった。だから、命を懸けるという覚悟を知らなかった。これまで自分の行ってきたことは、魔族との命の奪い合いではないとハンスは悟った。自分はそこに、命を懸けてなどいなかった。数と力を頼りに、虐殺行為をしてきただけだった。
ハンスは覚悟する。
<大技を一撃、当てるしかない>
次回更新は水曜日です。