9th story 腕相撲
“武術部”の部室ないし活動場所は大体育館の裏、校庭マウンド横に設けられている。大きさは大体育館の半分程度だろうか。それでも、一部活のための施設としては中々の大きさだ。それだけ、この“武術部”に所属できる“勇者”は重要だということだろう。
なんの飾り気もなく、ただでさえ無骨な印象のその建物の中からは、時折衝撃と怒号が生じている。人里離れた場所に建っていれば、余裕で心霊スポット認定を受けそうな建物と、その内部から生じる衝撃、振動、衝撃、怒号、衝撃......並のメンタルしか持たないような人間ならば、近寄るのと忌諱するような雰囲気。
思わず俺も尻込みしそうになった。俺に付いてきたユグはというと、半泣き状態だ。所構わず人前でも叫ぶような奴だから、てっきり強固なメンタルでも持っているのかと思っていたが、どうやらモヤシメンタルも持ち合わせているらしい。やっぱり、よくわからん奴だ。
「......帰っててもいいぞ?」
今にも腰が崩れそうになりながら、何とか立ち堪えているユグが流石に可愛そうになり、俺はユグを帰らせようとした。いいのか?と、一瞬顔が輝いたユグだったが、何に気付いたか、直ぐにその喜色を引っ込めた。
「でも、お前は行くんだろ?」
「そりゃあ、それが目的で来たんだから」
「大丈夫なのか?」
不安そうな目付きで俺を眺めてくる。
「お前、俺の適正診断の結果知ってるだろ?大丈夫だ。必ず生きて帰る。だから......」
「だから?」
「笑顔で見送ってくれ」
ユグがニマッとした。本当、純粋な奴だ。
「分かった。必ず帰ってこいよ。帰ってきたら、カラオケでも行こーぜ」
カラオケか.......こいつとカラオケ行くと、今度は俺のメンタルが持たなさそうだけどな.....
俺は頷くと、ユグと握りしめた拳を合わせた。
「じゃあ、またな」
ユグに見送られながら、盛大なフラグを建てた俺は、“武術部”部室へ一歩を踏み出した。
しばらくして、なるべく衝撃やら怒号やらが落ち着いたところで、俺は部室内にお邪魔した。部室といっても、更衣や荷物を置く場所は別室で、俺の入った部屋はいわゆる練習場、体育館で言うコートのような用途を為す部屋だ。外観と同じで、内部にも殆ど飾りはない。精々、時計が一台壁に掛けられているくらいだ。床や天井、壁は全てスポンジのような、マットのような白く柔らかい素材で覆われている。それ以外には、これといった特徴は一つとしてない。
室内では、数人の男女が揃って休憩していた。唐突に入室してきた俺に、視線が投げ掛けられる。その集団の中に俺はサルゴンを見付けた。サルゴンも俺に気付いてニッコリ微笑む。だから......その笑顔を止めろ......誰もBL展開なんて望んじゃいねえよ.....
俺が一人、心の中に潜む何らかの魔と葛藤していると、上級生らしき部員がポツリ。
「誰だ?何しに来た」
相当ご機嫌斜めなようで、その目にはもはや、活動の邪魔となりそうな存在の俺に対する殺意さえ宿っているようにも感じられる。まあ、きっと気のせいだ。
「あ、はい!一年のシェル・クライマンといいます!入部希望であります!!」
その視線に、俺は思わず直立不動の姿勢を取った。なんか、スゲー圧迫されるんすけど。部員のみなさん、オーラが超ヤバイっす。教育委員会行った後の自信が急速に萎えてくんすけど。
「シェル・クライマン?」
そんな俺の様子に気付かないのか、気にしてないのか、部員達は俺の名前を聞いてざわめきだした。
「ちょっと俺、部長呼んでくる!」
一人がそう言って飛び出ていった。どうやら、部長は不在だったようだ。
「おい、シェル・クライマン」
「は、はいッッ!」
先程の不機嫌な男が、俺に声を掛けてきた。俺は再び直立不動になる。
「お前があれか?適正診断であり得ない結果を出したって奴か?」
「はい!そうであります!」
口調まで可笑しくなってきた。あ、あれ?なんで俺、こんなにビビってるんだ?
「そうか。ちょっとこっち来い」
男が部屋の中央で俺を手招きする。俺はオドオドと招かれるがまま向かった。逆らうのはヤバそうだ。
「一年、机持って来い」
はい、と返事し、一年.....サルゴンが別室へ行く。しばらくもしないうち、机を一台持って帰ってきた。俺と男の間に机を置く。男は机にがたつきがないことを確認すると、右肘を付いた。
「腕相撲だ。やろうぜ」
俺も、男の対面で右肘を付く。机の中央で、ガッチリと男の右手を握った。男も握り返してくる。
「サルゴン、ゴング」
男のそれを受け、サルゴンは握り合っている俺と男の手を両手で包んだ。
「いきます。レディー...........ゴー!」
合図と同時に、サルゴンが掴んだ手を離す。俺はなるべく手加減するつもりで、軽く男の腕を押し倒した。はずだった。
「あ?何だ。この程度か?期待外れだな。規格外な新入生がいるってゆうから、楽しみにしてたんだが。この程度なら、ざらに居るぜ?」
男の腕は、その場からピクリとも動いていなかった。やはり、勇者適正者のみが集う部活なだけある。少し見くびっていた。この人達に、怪我させちゃうかも.....、なんて遠慮は不要かもしれない。
「終わりか?じゃあ、今度は俺から行くぜ」
だが、このまま嘗められていてたまるか。俺にだってプライドはある。グッと男の腕に力が入る。もう油断したりはしない。俺はその場で踏ん張った。
「ほお」
ニヤリ、と男が笑う。
「本気を出したか。なかなかやるな。それじゃあ、俺も本気を出すぜ?」
瞬間、これまでにない圧力が俺の右腕にかかる。凄え。気を抜いたら一瞬で持っていかれそうだ。メキメキと音がして、俺達の肘を付いた部分中心に机に亀裂が入る。机の方が長く持ちそうにない。早めに終わらせよう。
俺は、一度深呼吸をすると思いっきり男の腕を押し返した。
一気に押し倒す。ダーン、と男の腕を机に叩き付けた。その衝撃で机が崩れる。
バランスを失った俺と男は、手を握り合ったまま床に倒れた。
勝ったのは俺だ。
「凄ぇ.....」
誰かが呟く。男と俺は立ち上がった。男が俺に手を差し出してくる。
「参った。俺の負けだ。さっき言ったことは忘れてくれ。お前は強い」
男が敗北を認める。俺は男の手を握り返した。
「筋力に関しては校内一を自負していたんだがな。あっさりやられちまった」
その自信は確かだったのだろう。周囲の反応が、それを物語っている。
「おい、どうした。何事だ」
その時、部室の入り口から、静かで、柔らかく、しかしそれでいて、凛と張ったよく響く声がした。周囲の部員の三分の二程度が、バッ!と声の発せられた方向へ体を向ける。
「部長!こんにちは!」
振り向いた部員が、揃ってその男に挨拶をした。
次回更新は土曜日です。