「錯覚?」
宮元さんのモデル起用で戸惑う典秀。不思議な緊張感に包まれながらも絵を完成させる。宮元さんの驚きの行動に更に戸惑う典秀……。
彼女がモデル!?
どうして彼女がそっちにいるんだ?
だけど、綺麗だよ宮元さん!
最高です!!
こころの声がもれそうです。
「本日は、ワケがありまして、急きょ宮元さんにモデルをお願しました」
「今、緊張しています。皆さんよろしくお願いします」
「亜美ちゃん! 深呼吸! 深呼吸よ!」
事務所のおばちゃんが声を掛けました。
宮元さんは、目を閉じて深く深呼吸しました。
そして、ゆっくりと目を開けました。
「よろしくお願いします!」
「では、始めましょう! こちらに来て下さい」
さぁ!
スタートです!!
変に描いたら宮元さんに悪いな……。
衣装は、フリルの多いかわいい感じの純白のドレス。
両肩を出して下はミニスカートだけど後ろが長めとなっている。
頭のティアラと大きめのネックレスがゴージャス感を出している。
「さぁ、皆さんよく観察して描きましょう!」
参加して良かった~!
手に持ったブーケもかわいい。
今日は、全身全霊をもって挑もう!
ん~……
「どうしました? 人物は苦手ですか?」
「えぇ……。あ……大丈夫です」
大丈夫と言ったものの難しいです。
集中!
集中!!
先生は、他の人の所を見て回っています。
しばらくして再び私の所に来ました。
「いいですね~。もしかして習っていましたか?」
「いえ、描くのが好きなだけです」
「どうです? 習ってみませんか?」
10年前だったらというのが先行した。
「いやいや、私なんて」
「そうですか? いつでも歓迎しますよ」
休憩を経て仕上げの作業です!
微妙な濃淡の調節。
昨日の様に、黒くならない様に……
「……よし!」
出来た~!
つい声に出してしまいました。
「えっ!? 私が最後?」
周りを見ると、他の人は席を離れていました。
「はい! 皆さんお疲れ様です。宮元さんもご苦労さん」
ここに来ている人達って結構上手いんだけど?
習っているのか?
「麻牧さん、どうでしたか?」
宮元さんが着替えて戻って来ました。
「綺麗でしたよ。完璧に描けましたよ!」
「すごい! 描くの本当に上手なんですね」
「それでは、また機会があれば参加して下さい」
何だか久しぶりに充実した2日間でした。
「麻牧さんちょっとよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」
先生に呼び止められました。
どうしたんだろう?
「あなたの描いた作品をよろしければ譲って欲しいのですが」
「これは、ダメですよ!」
「そうですか。迫力があって素晴らしいと感じたのでつい……」
迫力?
もしかして……
「こっちですか? 1日目に描いた」
「そうです! そのカメラです! 素晴らしい!!」
私は、内心ほっとしています。
カメラの方も実は私も気に入っています。
「いいですけど。私の描いたのでよろしければ」
「本当に習ってみませんか? 一度見学に来て下さいよ!」
「行けたら……ですかね」
まだ誘って来ますか?
やっぱり無理ですね。
「また参加してくださいね」
カメラの方を渡して先生と別れました。
「じゃあ宮元さん、お疲れ様!」
「お疲れ様です。あの…………。いえ何でもないです。……じゃあ」
「あぁ、気を付けて」
私は、昨日の様に彼女には声を掛けませんでした。
施設の門を出て、お互い背を向けて歩き出しました。
そ~っと、私は描いた絵を歩きながら見てみました。
「麻牧さん!!」
「はっ……はいっ!? えっ?」
振り返ると宮元さんが、こちらに小走りで向かって来ています!?
どうしたんだ?
「はぁ、はぁ……。呼び止めてすみません」
「どうしたの?」
「あそこの喫茶店に寄って行きませんか? はぁ~」
彼女は、大きく息をはいて呼吸を整えました。
私としては何も断る理由はありません。
「いいけど……。久しぶりだな~」
「来た事あります?」
「あそこのホットココアとパンケーキ美味しいんだよね」
私達は、同じ方向に歩き出しました。
「麻牧さん、車じゃないんですか? 昨日もそうでしたね」
「たまにはバスも良いかなってね」
「バスの旅してみません? よくあるテレビ番組見たいに?」
どういう事?
お~、何か妙な緊張感が襲って来ました。
おじさんをからかっているのか?
悪い気はしないけどね。
「あ~。宮元さんは、絵とか習っているの?」
「この教室だけですよ。今回で2回目です」
「へぇ~。上手いよね」
あっという間に喫茶店「絵ごころの家」に着きました。
「いらっしゃいませ~! あ~、おかえり! あら? 典さん」
「お帰りって?」
「典さん……て?」
もしかして宮元さんの家?
前は、夜勤明けの時に必ずと言っていいほど寄っていました。
「ここって? もしかして……?」
「私の実家です。母です」
「来ないからどうしたのかな~って思ってたのよ」
気にかけてくれてたんだ。
優しいお母さんだな~。
「そう言えば、典さんはこの絵が気に入っていたわね」
「そうなんですか? 麻牧さん!」
その絵とは、ハガキ4枚くらいの小さな油絵。
眺めているだけで心がほっとする。
そんな温かさすら感じるコーヒーの絵です。
カップから出ている湯気が特に良い感じです。
「あれっ!? そう言えば、娘さんが描いたって……」
「それ私が描きました。6年くらい前に」
「この絵本当いいよ! 好きだな~」
本当に癒される感じがします。
彼女は、才能があると思う。
二人で何かを話している。
なんだろう?
「この絵、差し上げましょうか?」
「なっ……!? なに突然? 良いの? いやいや……」
「麻牧さんにならいいですよ」
彼女の言葉にウソはなさそうです。
お母さんの方もコクリと頭を下げました。
「いやでも。他のお客さんだってこの絵が好きな人はいるはず」
「早い者勝ちですよ! 典さん」
「えっ!? どう言う事?」
不思議な感覚で店内を見回して見ました。
よく見ると、何点か絵が外された所がある。
「実はね典さん……。ここ閉めようかと思って」
「うそでしょ!? 何時? またどうして?」
「もう少し先になると思うけどね。ちょっと訳があってね」
なんだ?
何があったんだ?
立ち退きなのか?
そうなのか?
「訳は聞きませんけど。喜んで頂きましょう!」
宮元さんは、おもむろに壁から絵を外しています。
そして、毛羽たきでほこりを掃い私に手渡しました。
「どうぞ!」
「ありがとう! 早速、帰ったら飾るよ」
「あ~。それは一応……、コーヒーじゃなくてココアなんですよ」
そうだったのか~!
口に出さなくて良かった~!
「いろんな人がコーヒーって言うんですよ! 一応、お断りを入れておきますね」
「了解しました。コーヒーより少し赤っぽい色使いがココアだね」
「そうなんですよ! 見るところが違いますね! …………」
涙……?
そんなに気にしていたのかな?
でも、何か違うような気もするけど……
考え過ぎかな?
「絵の教室はどうだったの? 二人の作品が見たいわ~」
「いいですけど。一枚は、どうしてもって言うんで先生にあげてしまったんですよ」
「私は、今日モデルだったから昨日のしかないわ」
私達は、それぞれの描いた作品を壁に立て掛けました。
「いいじゃないの~! 典さんも上手!」
カラ~ン!
「愛ちゃん! コーヒーちょうだい!」
「あら、もう休憩時間?」
「いいのいいの。おや亜美ちゃん! その絵描いたの?」
近所の人のようです。
「こっちは、同じ会社の麻牧さんが描いたんです」
「へぇ~。なかなか上手いじゃないか。でもオレも上手いぜ!」
「何をやっている方ですか? もしかして画家とか?」
それとなくストレートに聞いてみました。
「オレか? ただの建設会社の社長さんだよ。ただのな。あははははっ!」
「はい、コーヒーお待たせ。洋ちゃんが描いたのは、ほらあれよ!」
「おおぉ~! そうだったんですか~! 上手い!!」
聞くと、自宅にいる猫だそうです。
毛並みの感じがいいですね。
ふわっとしていて、実際に触ってみたくなります。
それに目もかわいい!
「照れるじゃないかよ! 欲しいか?」
「えっ!?」
「遠慮するな! 愛ちゃんいいだろ? なっ!」
どうしよう……。
いいんだけど宮元さんの絵よりも大きい。
「今日は無理なんで、予約という事でまだ飾って置いて下さい」
「おっ! いいよ!」
「出来れば閉店の日まで……」
無くなっていくと何だか寂しい感じがしてなりません。
私は、2つの絵を持ってバスに乗って家に帰って来ました。
宮元さんの描いた絵を一番見える場所に飾った。
自分の絵がいた宮元さんは、大事に保管して置く事にしました。
なんか照れくさい……。
「いい女だな~」
明日から、昼勤なんだよな~
「もっとリラックスしていけよ」
「そうだよな……。はっ!?」
また?
さぁ!
明日から頑張ろう!
「おはようございます。麻牧さん」
「おはよう。どうしたの? 8時出勤じゃないの?」
「昨日、忘れ物をして行きましたよ」
チュッ!
「うわっ!?」
「日が合ったら、どこかに絵を描きに行きましょう!」
「行くのはいいけれど……。誰もいないよね? ヤバイって……」
頬を軽く押さえながら周囲を確認……。
幸い誰にも見られていなかった様です。
その日は、業務をこなすのが精一杯でした。
社食で彼女とすれ違いました。
彼女には特に変わった様子はない。
何とか今日の仕事を終えて帰宅です。
翌日、いつものように出勤しました。
しかし、彼女が待っている事はもうありませんでした。
なんだったんだろう?
からかわれたのでしょうか?
どんな行動に出るか観察されているのか?
だから、私はメールも何もしませんでした。
私が遅番の勤務になった時です。
彼女からこんなメールが来ました!
「来月なんですが描きに行きませんか? ダメですか?? 動物なんかどうですか?」
このメールになんか嬉しくなってしまいました。
B5くらいのスケッチブックを用意すると返信しました。
送った後に、私は人が良いのかと思ってしまいました。
そして、ふと思いました。
彼氏と何かあったのか?
本当に描きに行くのか?
また、からかわれてるだけなのか?
「いや……、宮元さんに限ってそんな事はないだろう」
何を私は疑っていたのだろうか。
情けない……。
失礼だな!
もう考えないようにしよう。
私の休みで彼女と合う日は……
来月の最終週でした。
それには、まだ一ヶ月くらいあります。
「長いな~」
カレンダーを見ながらつぶやいていました。
約束の日までには画材店に出かけようと思います。
昔行っていたあの画材店……
まだあるかな?
何かドキドキしてきました。
次話へつづく