「出会い人」
江の島に来た典秀。スケッチをしながら島を散策し始めます。しかし、店に飾る絵の題材、イメージがなかなか見つからない。でも、何かあるはずと信じて進む典秀。そんな典秀の前にスケッチに興味を持った女性が現れました。思わぬ出会いに少し戸惑いぎみになる……。
ようやくの休日です。
私は、車で江の島に向かっています。
助手席に亜美さんが乗っていないのがとても残念です。
まぁ、仕事だから仕方がありません。
車内には、少し寂しい空気が漂っています。
亜美さんが居ないと、こんなにも違うものなのか?
そんな事まで思ってしまいます。
その雰囲気をかき消す為、少し音楽のボリュームを上げました!
アイドルの歌が、私の中に響いて来ます!
何を隠そう……
この間のモールで見たアイドルグループは、私のお気に入りでした。
おそらく亜美さんよりも知っているのではないでしょうか。
あの場は、グッとこらえていました。
こんなおじさんがアイドルが好き?
変でしょう……
中には、私よりも年齢が上の人も見受けられましたが……
あの時は、亜美さんに知られたくありませんでした。
って、今日の目的を見失うところでした。
お店に飾る絵のイメージ……
絵にする題材を見つけに来たのです!
取りあえず、上野の動物園で使ったスケッチブックを持って来ました。
しかし、持って来たとはいえ時間には限りがあります。
亜美さんの様な早描きの特技は私にはありません。
そこで、今日は強力な助っ人を連れて来ました!
コンパクトな一眼レフタイプのデジカメです。
なかなか使える奴です。
「……あっ!!」
今、ふと脳裏をよぎりました。
今日の朝の事です。
出発する事を普通のメールで送ったのを思い出しました。
せっかくLINEが使える様になったのに……
「……大丈夫だろう。たかがメールだし」
私は、もう江の島に通じる江の島大橋を渡っています。
そして、島にある駐車場に車を止めて携帯を見てみました。
「普通のメールの方がいいですか?」
これは……
されどメールという事でしょうか?
私は、決してLINEが嫌ではないという事を返信しました。
それと、江の島に着いた事も一緒に送りました。
小休憩の時に見てくれるかな?
私は、車から降りて大きく深呼吸をしました。
「……ちょっと早かったかな?」
それほど人の姿が見当たりません。
平日だから?
それともたまたま?
時刻は、9時28分です。
さて、どうするかな?
「こっちに行くとヨットハーバーか……」
センタープロムナード?
ヨットがたくさん並んでいて、なんか良い感じです。
「あっ! 写真! 写真!」
せっかくだから、スケッチもする事にしました。
マストの重なっている所がいろいろと細々してる。
「ほぉ~! 上手いもんだねぇ~あんた」
「んっ!?」
「真剣ってのは良いもんだ!」
振り向くと、犬を連れた白髪の老人がのぞき込んでいました。
「絵描きさんかい?」
「いえ、描くのが好きなだけです」
「そうか。今日は、天気が良いから最高だ! はっはっはっ」
笑いながら老人は行ってしまいました。
私も、スケッチを終えて移動しようとしました。
!!!
!!!
「亜美さんから……。メールだ」
何だろう?
LINEではない。
内容は……
「小さなフグをお願いして良いですか?
吊り下げる物なんですけど、多分あると思います。
そんなに値段は、高くはないと思います」
「フグ?」
一応、了解と返しました。
「楽しみにしています」
と、返って来ました。
今は、ちょうど10時の小休憩の時間のようです。
私は、写真を撮りながら防波堤の方に向かっています。
意外に、釣りをしている人は多いようです。
私は、釣りには興味がないので「ふ~ん」という感じで歩いて行きます。
この人達はどんな関係の仕事をしているのでしょう?
こんな平日にのんびり釣りなんかして……
逆に言うと、私もそう思われているのでは?
考え過ぎか?
「ん~!! 風が気持ちが良い~!!!」
近くで、ベビーカーを押していた若いお母さんがこっちを見ています。
しまった……
しまったぁ……
油断しました!
私は、天に突き刺さんばかりに伸ばした両手を静かに降ろしました。
恥ずかしい……
こういう時、横に誰かいると良いんだろうなと思いました。
「そうですね~」なんて相づちを打ってもらえる。
ちょっと、想像してしまいました。
私は、海に浮かぶヨットを見ながらちょっと黄昏ていました。
「……はっ!」
我に返った私は、気を取り直して観光地の方に向かう事にしました。
さっきよりずいぶん人が増えています。
そして、いろんな店を横目にしながらエスカーの所まで来ました。
以前来た時には、これには乗らずに歩いた記憶があります。
今回は、このエスカレーターで行きます。
「江島神社かぁ~。おみくじでも引いてみようかな?」
その前に、お参りしないといけないか?
巾着の形をした賽銭箱にお賽銭を入れ……
旅の祈願?
いやいや絵の完成をお願いしました。
何かつかめる事を信じて。
私は、巾着の賽銭箱が入るようにスケッチを始めました。
今日は、良い感じに描けています。
よしっ!
「上手ですね」
「……ん?」
「あっ! ごめんなさい。邪魔しちゃいました?」
集中していたせいで、全然人の気配に気が付きませんでした。
さっきの犬を連れた老人の時と同じ感じです。
「あっ……。いや特に大丈夫ですよ」
「そうですか? 良かった~。私、真剣に描いている人を見るのが好きなんです」
「はは……。そうなんだ」
そういう人もいるんですね。
「あっ! 私の事は気にしないで描くの続けて下さい」
「あぁ……。でも、声かけられた時に丁度終わったから」
「そうなんですか? もし良かったら見せてもらっても良いですか?」
特に、見られて恥ずかしい物でもないのでスケッチブックを渡しました。
「すご~い! 私は絵が下手だから尊敬しちゃいます!」
「そんな~。尊敬だなんて……。照れるよ」
「いや、これは尊敬に値します」
まいったな~
ここまで言われたのは初めてです。
「そのお言葉は、素直に受け取りましょう!」
「私、沙織と言います。真瀬沙織」
「麻牧と言います。一人でお参りに?」
一人は余計だったかな?
見たところ、亜美さんと同じくらいかな?
さすがに年齢の事は聞けません。
私には……
「はい。御朱印をもらいに」
「御朱印?」
「これです」
沙織さんは、おもむろに一冊のノートをカバンから取り出しました。
そのノートは、ピンク色をして招き猫の様な絵柄がありました。
そして、何やら書いてあるページを私に見せてくれました。
「これが御朱印? なんか良いねぇ!」
「ですよね。ほら、他にもあるんですよ」
「へぇ、いろんな神社に行ってるんだね」
私は、初めて見た御朱印に少しだけ興味がわきました。
「これって、誰でももらえるのかな?」
「はい。大丈夫だと思いますよ」
「どうしたらもらえるの? ちょっと欲しくなったかも?」
何だか、会話がはずみます。
「これありますか? 御朱印帳」
「無い無い! 初めて見たし聞いたよ」
「じゃあ、御朱印帳からですね!」
これは、何デビューって言うのでしょう?
御朱印デビュー?
「この江島神社にも御朱印帳ありますよ! さぁ行きましょう!」
「ああ……。沙織さん!?」
「こっちです!」
何故か、私は彼女に手を引っ張られています。
御朱印を書いてもらうには少し時間がいる様です。
「書いてもらうまで参拝しましょう!」
「さっきお参りならしたんだけど……」
「良いじゃないですか。ねっ!」
私は、二度目の参拝をしました。
そして、彼女と少し話をしました。
「えっ!? そこの神社のもありますよ! あぁ、前の御朱印帳だぁ」
「あの神社に来た事あるんだ?」
「すみません。見せれなくて……」
あの神社とは、私の住んでいる町の神社の事です。
結構、大きな神社なのです。
「いや別に謝らなくていいよ。今度行ってみるね」
「そろそろ御朱印が出来ていると思いますよ」
「よし! 行こう!」
初めての御朱印です。
「御朱印って、安くない?」
「もうちょっと高い所もありますよ」
「そうなんだ。でも、これ一冊うまったらすごくない?」
私は、少し集めてみようという気持ちになりました。
「あっ! でも、これはスタンプラリーじゃありませんからね!」
「ああ……。うん。……はい! 承知いたしました」
「おもしろい人ですね。麻牧さんは」
おもしろい?
そんなおかしな事言ったかな?
「麻牧さんは、これからどうするんですか?」
「もっと先にいくつもりだけど。スケッチとかして」
「一緒に行っても良いですか? 邪魔はしませんから」
一緒に……?
まぁ、やましい事は無いから良いよね。
「麻牧さん、あれに登ってみません?」
「あれ……」
「どうしました? 眺めも良さそうだし、スケッチ的にもどうかと思います」
あれと言うのは、江の島シーキャンドルの事です。
私は、恥ずかしながらタワーなどが苦手なのです。
「あは……。あはは……。実は……」
私は、彼女に高い所が苦手という事を話しました。
「そうなんですか? じゃあ、こっちに行ってみません?」
「こっちってレストランじゃ……」
「あそこよりは、大丈夫だと思いますけど」
私たちは、レストランの横にある階段を登って展望台へ
「ここも結構高いよ!」
「私が言うのもなんですが、シーキャンドルを入れて描いてみたらどうですか?」
「ここから見た風景? シーキャンドルの横に続く屋根、少しだけ見える海ねぇ……。良いかも」
私は、海を背にしてスケッチを始めました。
沙織さんは、海を見ています。
結構、複雑な建物です。
……視線を感じます。
沙織さんが見ています。
「よし! 出来た!」
一応、写真も撮っておく事にしました。。
「あっ! 沙織さん写っちゃたよ! 急に前に出るから」
「忘れないようにです。へへ……」
「へへって……」
わざと……?
でも、うまく撮れています。
削除するのはもったいない気もします。
後で印刷して渡そうと思います。
誰も写っていないバージョンも念の為に撮影しました。
「もう、お昼だけど食事にしない? ……あっ! あれはっ!!」
「どうしたんですか? 麻牧さん!?」
「フグだよ! フグ! 良かったぁ~! 見つかって!」
亜美さんの希望のフグです。
多分、これだと思います。
こっちは何だ?
ハリセンボンか?
見た感じ痛そうだ。
私は、店先に吊るしてあるフグを即購入しました。
「誰かのお土産ですか? 奥さん?」
「いや。奥さんはいないんだけど……」
「それじゃあ、彼女さんですか?」
なかなかするどいな!
「ちょっと頼まれてね」
「そうですか」
「何食べようか? やっぱり、しらす丼?」
私は、話題を変えました。
詳しく聞かれるのをちょっと警戒したのでしょうか?
「ここにしない?」
「はい、いいですよ」
入ったは良いのだが……
窓際が良いと店の人に勧められて座ったが、外は結構な断崖が見えます。
景色は、良いんだと思います……
私たちは、しらす丼を食べた後、更に先に進んで行きます。
海岸の方に降りて来ました。
下から見た感想は、まさに崖です。
サスペンスにでも出て来そうな感じの……
岩場の方に降りれるようです。
沙織さんさんは、なんかはしゃいでいます。
「気を付けて下さいよ! 沙織さん!」
「大丈夫です!」
「あっ! 危ない!」
見ていてヒヤヒヤしました。
沙織さんが、戻って来ました。
私は、彼女に手を差し伸べます。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。はしゃぎ過ぎだよ沙織さん」
「へへっ……」
何だろう?
この「へへっ」に、はぐらかされている感じがします。
「……先、進みましょうか」
「そうですね」
「この先って、洞窟?」
以前来た時は、ここまで来ませんでした。
「こっちは、お金がいるんだね」
「行ってみますか?」
「行ってみよう!」
私たちは、灯りを手に奥に進んで行きます。
!?
「何だここは? 龍神が光る?」
「手をたたくって書いてありますよ」
「やってみようか?」
私は、パンパンと手をたたいてみました。
「こういう事か! 光るって」
「子供が喜びそうですね」
「そ~だね」
私たちは、そこから引き返す事にしました。
洞窟を離れ、さっき食事をした店の辺りまで戻って来ました。
「明日、筋肉痛にならなければ良いんだけど……」
「大げさですよ。麻牧さん」
「ちょっと休んで行こうよ!」
私は、猛烈に休憩したい!
どこでも良いから店に入りたい!
そんな感じです!
「じゃあ、ここにしましょう」
「そうしよう!」
「何か冷たい物でも頼みましょう」
沙織さんが、テキパキと注文してくれました。
「体力には、結構自信あったと思うんだけどなぁ~」
「普段、何か運動とかしています?」
「いや全然。仕事でも体力的な事で気になった事は無いし……」
これは……
もしかして年齢のせい?
いやいや、全く認めたくありません!
だって、まだ42だし……
「さぁ! 出発しようか!」
「休憩は、必要ですね」
「そっ、そうだね」
店を出て、しばらくまた私たちは歩いています。
今度は、弁天橋を渡って江の島から離れてみようと思います。
私が思うのもなんですが……
沙織さんは、このままで良いのでしょうか?
横を歩く彼女をチラッと見ました。
「ん? どうしました?」
「あっ! いや……」
「どうしたんですか?」
私の事は、特に気にしていない様子です。
でも……
沙織さんの様子が、さっきから何かおかしい気がします。
うつむいている様な感じです。
「麻牧さんは、辛い事ってありますか?」
彼女は、小さな声でそう言うと立ち止まりました。
それに気付いた私は、振り向き彼女に近寄りました。
「どうしたの?」
私は、沙織さんに声を掛けました。
沙織さんは、向きを変えて海を眺めています。
何を思っているのでしょうか?
少し深刻な横顔です。
次話へつづく