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彼女の弟の話。

掲載日:2015/04/29

 



 物心ついたときから、姉はかけがえのない存在だった。

 早くに母を亡くした僕は、ほとんど母に触れた記憶がない。それは姉も一緒で。


「大丈夫、貴方は立派な紳士になるわ。」


 そう言って姉はいつも哀しげに微笑んだ。

 どうしてそんな表情をするのか、ついぞ疑問が解消されることは今この時まで叶わなかったが、それが姉をさらに美しく見せていたのだと思う。


「私たちは“民のために王族に仕える”のよ。その事を決して忘れてはいけません。」


 いつも前を向く姉は、そう言って僕に教育を施した。

 多くを持つものはそれだけ責任を伴い、貧しき者に分け与えねばならない。

 ノブレス・オブリージュ、よく姉と一緒に孤児院に行った。僕と同じ年頃の子供が痩せ細っている様は見ていられなかったけれど、僕らが何かしら動かなければ彼らはさらに飢えてしまうのだと教えられた。

 僕らが通うようになると、彼らは目に見えて元気になった。

 食べ物とあたたかい着物、そして教育は大切だ。手に職をつけられるように、と姉はよく子供たちに読み書きを教えた。識字率が低いから、読み書きできることはそれだけで武器になると姉は強かに笑った。


「この国はこれからもっと豊かになります。そのとき、子供たちに悲しい顔を一つでもさせてはなりません。

 この国を支えるのは民なのです。次代を担う子供たちには笑顔でいて貰わなくては。

 道を示す私たちが、笑顔でいなくてどうします。」


 姉は誇り高く気高い。そんな姉が大好きだった。




 姉が姫様のご学友に選ばれた、と滅多に会わない父が言っていたけれど、当然だと思う。

 姉ほど王族によく仕え、この国を思う人なんて、きっと宮廷でも一握りだろう。


 父は姉が男の子だったら、とつぶやいていた。


「お父様、私、侍女として王宮に仕えたいと思います。」


 身の回りのことを一人で出来てしまう姉は、姫様のご学友に選ばれてから特に使用人の手伝いをほとんど不要としていた。

 そんな姉だから、打算もあった父はすんなりそれを許したのだと思う。


 姫様の侍女として仕えるようになった姉は、ほとんど家に帰ってこないようになった。


 少しだけ寂しかったけれど、たまに帰ってくる姉が、僕の話を喜んできいてくれるから、僕は姉が喜ぶように率先して姉の教えを体現した。

 孤児院への寄付、姉の選んだ家庭教師の教え、姉の好む立ち居振る舞い、武術や馬術の心得。全部、姉が僕に望んだことだ。

 それらをこなすと、姉が喜んでくれる。姉のためだけに張り切ってそれらを覚えた。


 社交界にデビューすることになった日、父に連れられ王宮に出向いた。姉も一緒だ。


「御覧なさい、あそこにいらっしゃるのが王族の方々よ。」


「ご挨拶に伺うぞ。」


 はじめてお会いする王族の方々に緊張したけれど、大きな失敗をすることもなく、はじめてにしては上出来だと褒められた。


 その少しあとに、姉は王妃さま付きの侍女になる。

 それから姉は一切帰ってこなくなった。


 姉はたまの休みでもほとんどを孤児院の慰問に使うようになる。領地は王宮から遠いので、タウンハウスから行っていたようだが。

 あとで聞いた話だが、この頃に姉は見合いをしたらしく、しかし縁は結ばれなかった。


 社交シーズン。

 いつもはほとんど出ない姉が、王妃さまが主催で行われた舞踏会にだけ、ドレスを新調して参加した。久々に着飾った姉はどの令嬢より美しく洗練されて見えた。

 どうやら王妃さまに参加するよう言われたようで、しぶしぶといった感じだった。さすがというか、そんな顔はおくびにも出さずにご婦人方に混ざったり誘われて踊ったりしていたが。


「いいこと、貴方はここで真なる味方を見つけなければなりません。己の目と勘を養いなさい。そのためには一つでも多くの情報を拾うのです。そしてその中から真実を探すことが大切です。」


「難しいことを仰る。ここはウワサだらけで、本当に必要な情報だけを見つけられるかどうか。」


「だから学ぶのよ、その手腕を磨くの。」


 時折、姉が怖かった。

 何を見て、どこを目指しているのかわからなかった。


 父はもともと、領地マナーハウスへはほとんど寄り付かないような人だった。

 姉が王宮に侍女として上がるようになってから、領地にいた私は、姉の教えの通りに育てられた。姉の選んだ教師や家宰に師事をうけ、姉が帝王学と呼ぶようなことを学んだ。

 それは当然のことのように、自然に受け入れていた。


 だから気づかなかったのだ。

 姉が私と父を引き離していたこと。

 父が不正をしていたこと。


 私は、何も知らなかった。

 私だけが、知らされずにいた。


「お嬢様はご立派でした、最後まで若さまのことを心配しておいでで。旦那様も悪い方ではなかったのです、最初は巻き込まれただけでした。それをお嬢様もわかっていらっしゃった。だから、すべてが一度に片付くよう、取り計らわれたのです。貴方に被害が及ばぬよう、その身一つで終わらせることができるように。」


 耐えきれないと泣きながら、家宰が全て話してくれた。


 父が大公さまに持ち掛けられた話にのってしまったが故に、不正の片棒を担ぐことになってしまったこと。それを知った姉が、私が何も知らなくて良いように、父と私を引き離して育てさせたこと。

 父の名誉と私の安全のために、姉が身を呈して陛下に不正の事実を纏めた調書を報告したこと。私に何も知らせず父たちの処刑を見届けたこと。


 領民には全てのことが終わってから知らせるように陛下からの命令が届いた。

 そうして私は姉の代わりに賞与を受けた。しばらく領地は王族直轄領になるが、私が成人してアカデミーを卒業し、教会の加護を受けたら叙爵されるという。それまで王城で保護されることも決まっていた。



 全て事が済んだあと、姉は、自殺をはかった。



 幼く力もない私が、人生で一番後悔した日までの記憶である。









連載予定だったものの、最終話直前に持ってくる予定だった話でした。

このあとにも続きがありますが、わりと胸糞悪いと思うのでやめておきます。本編もドロドロの予定でした。

書ききる体力がなかった。

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