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Ⅰ ⅷ

 シオンは男の両足を覆った変換機を視認した。靴に仕込まれた装置は小手と同じ変換回路を組み込んでいる。小手からは電流、足では重力修飾。マルチタイプの変換機か。そう判断する。

 その間、わずか一秒も無かった。凡人には決して到達し得ない特異領域の反射思考からシオンは舞い戻った。

 そして右腕を薙いだ。

 空気が網目状に裂ける。

「っ!?」

 男は目を見開いた。しかし唐突な狼狽に変換機は追いつかなかった。

 男の体はその勢いのまま、強烈な稲妻の網へと飛び込んだ。

「ぎゃ、ああぁぁああああっ!」

 ガタイに似合わない叫び声が雑木林をつんざく。過剰電圧で硬直した体ががくがくと揺れた。

 シオンは腕を振り払った。空中放電がふっと消える。一瞬遅れて、男の体がどさりと地面に落ちた。

 感電の残渣で背の筋肉がピクピクと震えている。

 死んではいない。

 もとい、殺してはいない。

「て……てめぇっ!? 調子こいてんじゃねぇよ!」

 筒の口がシオンを向いた。

 大型の変換機。シオンは醒めた目で一瞥する。回路を組み込めるだけ組み込んだ変換機は技師の技量不足の証と言っていい。方程式を操る能力が劣っていると言いふらしているようなものだ。

 身の丈をわきまえればいいのに。

 彼も素質はあるみたいだから、訓練すればさっきの小手の人くらいまでは成長できる。今このレベルの過密粒子運動を扱うのは尚早なんだ。

 助言しようかと思ったが、そこの彼に聞く耳があるとも思えなかった。スローの時流の向こうにある顔は激しく歪み、今にも殺す意思を弾かせかねない。

 ふっ、とシオンは息をついた。その瞬間に変換機が爆音を鳴らした。

 空気の弾丸が間合いの真中で四散した。

「は?」

 霧のように立ちこめた煙の向こうで、男が唖然と立ち尽くした。

「衝突散開。発射された粒子の電荷を操作して互いに衝突させたんだ。煙は発生した熱が粒子を燃やしたせいだよ」

 徐々に煙が晴れる。口を開けて固まっていた男は、自分に突きつけられたシオンの指先にはっと息を呑んだ。

「やっ、やめっ」

 バチっ!

 強烈な音が爆ぜる。男は反射的に筒を放り出した。

 宙に放られた変換機は、回路が弾ける音を立てながら地面に落ちた。パリパリと音を鳴らし、金属製の筒身に無数のヒビが入る。隙間から白い煙が上がった。

「回路をショートさせたから、その変換機はもう使えませんよ」

 ガラクタと化した変換機から、男は視線をゆっくりと上げた。

 シオンは微笑んだ。

「こ、このっ!」

 役人が銃を引き抜いた。

 銃声が響く。

 しかし弾が通過した場所に、シオンはいなかった。

 彼らは唖然と空を仰いだ。

 一歩、二歩。見えない階段を踏むように、シオンは跳躍した空中から地面へと降りた。ふわりふわりと風を受け歩く姿を、地上の人間たちは呆気に取られて眺めていた。

 革靴を履いた両足が軽快なステップで地面を踏む。

 着地した拍子に、ベストのポケットから懐中時計がこぼれ落ちた。

「あ、いけない」

 変な所で引っ掛かっていたらしい。シオンは逃げる時計のチェーンを掴んだ。

 役人の顔がさっと変わった。

「箱舟のエンブレム」

 ばっ、と筒の男が役人を見上げる。

「は……箱舟っ!?」

 役人が後ずさった。

「放電現象の誘起にも変換機を使っていない。おまけに先程の空中歩行……」

 蒼白な顔がシオンに釘づけになる。

 その時、気絶していた男が呻き声を上げた。

「うー……ん? な……何が……」

 男は頭をさすりながら、固まっている仲間へと問うた。

 流れる沈黙。男は首を捻りながら立ち上がると、果敢にもシオンへと向き直った。

「バカ止めろ!」

「あ? お前変換機は?」

「そいつはノアの血族だ! 敵うわけがねぇだろうが! 退くぞ!」

 彼の叫びを号令に、役人が銃を放り出して逃げ出した。いきなり言われてついていけない小手の男は、再び怪訝な目をシオンに向けた。

「ノアの……?」

「バカ! 何やってんだよ!」

 急かす声を受けながらも、男はまだ首を捻っていた。

 シオンは穏やかに笑いかけた。

「預言者が不必要に人を攻撃する事は無いですよ。僕は聖地と御芯体を守るためだけにある存在なんだから」

 男の肩が掴まれる。

「行くぞ、オイ!」

「あ、ああ……」

 小手の男はうろたえながらも、仲間の後に続いた。

「アベルの住所は第五聖地ですからねー。至高圏なら地界のどんな法律も不干渉でしょー? さっきの人にも言っておいてくださいねー」

 男たちの背に叫ぶシオン。聞こえている事を祈りながら、ふぅとため息をついた。

 背後に空気の揺れを感じた。振り返ると、そこには少女が立っていた。

 作業着は土にまみれ、淡色の髪は木の葉とポッドの破片をかぶっていた。

 少女は砂埃を払う事もせず、握りしめた右手を胸に、シオンを見つめ続けていた。

「証拠、見せられたかな」

 シオンは奇しくも呈された事実を問うた。

「……ノアの……血族」

 アベルは独り言のように呟いた。

 シオンは小さな頷きを返した。

「僕はそのうちの一人、第五聖地の預言者シオンです。アベル=リード」

 呼ばれた己の名に、アベルはピクリと身じろいだ。

「僕の本質と役割を分かってくれたのなら……改めて聞いて」

 すっと、手を差し出した。

「アベル。第五聖地の御芯体として、僕と一緒に至高圏に来てくれませんか?」

 優しく問いかける少年の瞳を、少女は無言で眺めていた。

 さらさらと吹く風が、少女のやわらかな髪をもてあそんでいく。毛先が土に汚れた頬を撫で、唇に触れた。

 その唇がすっと息を吸った。

「……その前に」

 びしっ、と人差し指が突きつけられる。

「お湯出して! シャワー浴びたいの!」

 少女の人差し指の前で、偉大な科学者の血を引く少年は「え?」と固まった。

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