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Ⅰ ⅶ

「ゃっ!」

 アベルが身をすくめる。続けて背後で弾けた衝撃が彼女の体を揺さぶった。

 倒れかけた彼女を、シオンはとっさに抱きかかえた。腕の中で、アベルは虚を突かれたように目を瞬いた。

 しかし直後、彼女はシオンの肩越しに見た光景に唖然と口を開いた。

 シオンは振り返った。

 飛び散った細かな金属片が、空中を舞っていた。

「ポッドが――」

 アベルが呟く。

 かろうじて球の面影を留める外壁には、大穴が空いていた。ぽかりと空いた口から薄い煙が上り、その奥では、ねじ切られた配線が弱々しい火花を散らしていた。

 腕の中から少女の体がずり落ちる。地面にへたりと座り込み、呆然とポッドの傷口を仰ぎ見た。

 ドン! と爆音が響く。ビクリと震える少女。彼女の目の前で、ポッドに二つ目の大穴が開いた。

「やめて……」

 強張った唇から嘆願が漏れる。

「やめて……お願いだからやめて!」

 役人がうすら笑いを浮かべて歩み寄った。

「ええ、税金をお支払いいただけるのならば喜んで中止いたしますよ。我々もこのような強制措置で取り立てを行うのは不本意ですからね。法と信用で豊かな社会を。それが公的機関の遵守すべき原則ですから」

 役人の向こう側で、筒を抱えた男がにやにやと笑っていた。

 アベルは絞り出すように言った。

「こんな大金なんて……持ってないわ」

「おや、そうですか。それなら支払い能力無しと言う事で、よろしいですね」

 役人は振り返ると、

「財産差押えだ。ポッドは温存する。これ以上破壊するな」

「えぇ? こんなにボロくそなってんですから、このさい全部壊しちまってもいいでしょー?」

「ダメだダメだ。特A級だぞ。上級仕様のポッドはジャンク品でも買い手がつくんだ。できるだけ良い状態で競売に掛ける」

 ちっ、と男は舌打ちして筒を下ろした。

「……私の自由……もう奪われるのね……」

 アベルがか細い声で呟いた。

「ポッドを手に入れて、屋敷を抜け出して……やっと自由になれると思ったのに……。ホントに生きたい場所まで行けると思ったのに……」

 かくりと少女は頭を垂れた。

 汚れた作業着の背中は、まるで翼をもがれ打ちひしがれる天使の後ろ姿だった。

 そんな彼女の言葉など聞こえていないのか、役人はポッドをぐるりと見回して言った。

「この状態なら、賄えてせいぜい三分の一ですねぇ」

 見せつけのようなため息を漏らした。

「お連れしろ」

 今まで沈黙していた、ガタイのいいもう一人の男が立ち上がった。

 次の瞬間、男はまるでバネに弾かれたようにこちらへ突進した。

 太い腕がアベルに向かって突き出される。

「えっ」

 遅れてアベルが目を見開く。

 ――小手を覆う腕輪から火花が散った所までは、彼女には見えなかっただろう。

 バシッ! 

 アベルがうずくまっていた地面が、円状に裂けた。

「なに?」

 男はクレーターの中央についた己の手を不可解そうに見た。

 とんっ、と背後で立った音に男は顔を上げた。遅れて役人たちもそちらを向いた。

「な……」

 三つの視線を浴びながら、シオンは抱きかかえていたアベルを下ろした。

 雑木林の広場の端、土くれが剥き出しになった地面の上に、少女はぺたりと座り込んだ。

「え?」

 アベルも何が起こったのかさっぱり分からない顔で男たちを見回した。

「いきなり攻撃するなんて卑怯ですよ。まともに受けたら気絶じゃ済まない」

 シオンは小手の男に向かって言った。

 男は立ち上がると、薄い表情のままシオンを無遠慮に見回した。

「あのガキ、技師みてぇだぜ」

 役人に筒の男が耳打ちする。

「かちょー、聞いてます? 一応説明してやった方がいいんじゃねぇの?」

 肩をたたかれ、役人ははっと我に返ったように頷いた。

「あ、ああ。……連れの君、これは正当な措置なんですよ。税金が支払えない場合、差押さえた家財を売り納付額を補う仕組みなんですがね、この方の場合はそれでも満額納付には足らない。そうなれば、後はその体で支払うしかないでしょう」

 シオンは眉をひそめた。

「言い方が少々猥雑でしたね。失礼。家財で完全納付できない場合は、指定の施設で労働が義務となります。……まぁ、言わば労働囚ですね」

 ちら、とアベルを見ながら加えた。

「若いねーちゃんだからな。しがねぇヤローよりは早く返済できるぜぇ?」

 隣で男が囃し立てる。その言葉が何を意味するのか悟ったのだろう、アベルの顔から血の気が消え失せた。

「ただいまから我々が暫時留置所へご案内いたします。ただ……途中で抵抗されては困りますので、道中は眠っていただくようにしています。最近は我々の仕事も忙しくなりましてね、業務の効率化のためですよ」

「だから、あんま手間掛けさせんなよぉ? 最近どーも変換機が言う事気かねぇんだよ。下手こくと俺らにうっかり殺されちまうかもしれねぇぜ」

 男が地面に立てた筒を撫でる。

 変換機――第二次科学方程式に基づく魔法まがいの科学現象を叶える媒体だ。使い手の意識を受けて起動し、空中の素粒子を原料に種々の現象を起こすことができる。ポッドを破壊した爆風の正体は、にやついている男が筒様の変換機を使って導いた過密粒子運動。アベルを捉えようとした男も、小手型の変換機で誘起した微弱電流で気絶させる魂胆だったのだろう。

 ある一定の素質があれば、人は大樹より高く跳ぶ事ができるし、何も無い場所に火柱を上げる事もできる。一次科学しか無かった千年前からは考えられない進歩だ。

 そしてこの科学変換には、避けられないエネルギー的矛盾が存在する。それを補うのが、遥か上空に浮かぶ九つの陸地から発生する引力干渉エネルギーだった。

「やっぱり第五聖地の異常は地界にまで影響してるんだな」

 呟くシオン。耳に止めたアベルが顔を上げ、シオンの横顔に潜む影にはっとした。

 しかし対峙した男たちには聞こえていなかった。

「あぁん? なにぶつくさ言ってんだよ。ああ、命乞いなんてしなくても大丈夫だぜ。俺らはお堅い公務員だからな。加減はちゃーんとわきまえてんよ」

 説得力など皆無の口調で言い、自分で可笑しそうに笑った。

「とにかく、お分かりですね。これからあなた――アベルさんでしたっけ? あなたはこの公陸の法律に則って労働施設に入所していただきます。よろしいですね、アベルさん」

 ざ、と小手の男が前に出る。足元でアベルが震えるのを感じた。

 法律とか何とか言ってる場合じゃないのに。

 シオンは呆れて嘆息した。

 おまけにこんなに私欲にまみれた不条理、誰が許して守らせてるんだ。

 どの時代も、どの場所も。いくら便利な科学があろうと変わらない所は変わらない。所詮は繰り返しなんだ。歴史って言うのは、生命って言うのは。

 僕ら一族は、地界に生きる生命が必死になって全うしようとする時間を繋ぎ続けないといけない。九つの聖地を至高圏に浮かばせ続けると言う事で、今の世界の終わりを永遠に振り払い続けないといけない。千年も前に決められた奇妙な義務だけれど、今まで一度も途絶えず果たされ続けている。

 そして科学がこんな風に悪用されている事も知っている。己の欲のために変換機を過発動させて、私有陸を焼け野原にしてしまった貴族もいた。僕らにとっては無意味だけれど、彼らにはそれをそうするだけの価値があるんだろうな。

 地界の細かな事情は、正直な所どうでもよかった。権力の移り変わりも、財産の消滅も。至高圏の者にとっては些細な事でしかなかった。

 ただ――このままアベルを連れて行かれるわけにはいかなかった。

「何ですか? 不服を申し立てられるのでしたら、この公陸の公認弁護士を介して手続きを行ってください。私有陸の弁護士をお雇いになっても、彼らに公陸上の民事裁判での弁護権はありませんよ」

 役人が釘をさす。公陸で起きた問題は公陸の法で処理する決まりなのだ、としつこいくらいに重ねる。隣で筒の男が呆れたように肩をすくめた。

 シオンは口を開いた。

「アベルを縛れるのはもう、僕の父が決めたしきたりだけですよ」

 さらりと言った。

 その簡潔な言葉に、男たちはぽかんと固まった。

「なに……言ってんだ? このガキ」

 その瞬間、小手の男が地を蹴った。

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