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エピローグ ⅲ

 羽のような粉雪が、空のいちめんに舞っていた。

「わぁ……」

 エマが嘆息した。降り落ちる雪を両手に受け、きらきらした目で空を見回した。

 雪を降らす空は今なお青く、遥か天まで澄み渡っている。どこからともなく現れる白雪は、見慣れ過ぎるほどに見慣れた空を不思議な美しさで飾っていた。

「三位共鳴は気象操作。加減知っとけば面白いモン見れるやろ」

 テッドが得意満面に言った。

「確かに、加減しさえすれば世界を征服できる力になるわね」

 冷静に言い、息をついたのはリゼッタだ。

「何や、ホンマに世界征服するつもりやったん?」

 からかうように言うテッドをギッと睨みつける。そのまま踵を返すと、スタスタと彼の隣を後にした。慌てて追いすがるテッド。

「冗談や! 怒らんといてーな」

「あなたといるといちいち腹が立つわ。当分、第五聖地に居候しようかしら」

「そ、それは困るわ。今度は第一聖地が落ちてしまうやないか。こないな理由で世界終わらせんといてや!」

 振り向きもせずに歩いて行くリゼッタ。本気ではないと知っていても、彼女の後姿から滲む憤慨は真に迫る勢いがある。

「最後まで守らせてや、お姫さん」

「その軽い口も慎んだらどうなの。同じセリフで何人の女を口説いて来たのか分からないわ」

「そんな、根も葉もあらへん言いがかりやわ。あ、もしかして妬いとるん」

 パァンと高らかな音が雪空の中に響いた。

 勢いよく振り返ったリゼッタが、テッドの頬を思いっきりはたいていた。

「きょっ、今日のはまた強烈やわ」

 テッドが頬を押さえながら苦笑した。

「せやけど無視されへんだけええわ。ちっとは脈ある言う事なんやからなぁ」

「脈? 自分本位な勘違いをしないで!」

 終わりの見えない言い合いを続ける第一聖地のカップルを、シオンは呆れた顔で見守っていた。

 芝生を踏む音が聞こえた。振り向くと、そこにはぽつねんと立つアベルの姿があった。

 少女は雪降るしじまを、ぼんやりと眺めていた。軽く首を擡げ、降って来る粉雪の玉を瞳に映していた。

 シオンは内に走った既視感に目を瞠った。

 あの日の彼と同じだ。

 シオンはそのまま目を細め、佇む少女の様を眺めた。

 雪の降りしきる寒空の下、虚ろな両目で空を仰いでいた少年。妹を愛し、それ故に恨まれ、最後は彼女の復讐を乞うた彼。その彼のあの日と瓜二つだった。

 あの日、少年は絶望していた。

 そしてあの日確実に、少女も絶望していた。

 五年間の別離が生んだのは、復讐という空虚な結末だった。しかし願望に織り込まれた兄の意思は途方も無いほどに厚く、そしてそれを叶えた妹の決意もたまらないほどに大きかった。

 でも……

 シオンは目を瞬いた。

 アレックス、君は自分の何かを晴らせたの?

 アベル、君は最後まで自分に嘘をつき続けるの?

 互いに思い合えたと確信できたから、兄妹はこんな別れを選べたのかもしれなかった。

 ただ、確実に言える。君たちの別れは確実に悲劇だったと。

 この世界とは比べ物にならない程に大きな悲劇だったと。

 そして――悲劇はもうすぐ終わる、と。

 この雪と共に、少女の悲しみの涙も溶けて消えるだろう。

 記憶の中の日々を思い出して涙する事はあるかもしれない。けれど突き刺さった氷柱のような痛みはきっと、この今を最後に閉じるに違いない。

 少女が両手を擡げた。手の平に雪を受け、そして雪解け水と共に顔を覆った。

 肩がふるえ、小さな嗚咽が指の間からこぼれた。

 いいよ、アベル。

 誰もが君の涙には底があると知っている。だからこのにわか雪の時間だけ、嘘つきの仮面を外して泣くといい。

 君が流した涙は、絶え間無い風がすぐに乾かしてくれるはずだから。

 この場所はいつも動いている。止まらない時をたなびかせながら、天と地の迫間を巡り続けている。

 でも、この景色は今しかないんだ。

 淡色の髪が、またふわりと揺れた。

 降りしきる雪の迫間を縫い、至高圏には今日も、淡い風が吹いていた。


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