Ⅰ ⅴ
「騙されないわよ! 下手な冗談言わないでこの変態っ!」
「へ、変態って!? ちょちょっと待ってよ、落ちついて!」
「馬鹿な嘘で私を連れて行こうと思っても無駄よ! バーカ! バァアアーカ!」
罵声が耳にキーンと響く。
なっ、何なんだこの子は!?
耳鳴りの中でシオンは混乱した。
僕の話を全く信じてない。おまけに変態って!
アベルはシオンをぽいっと放ると、腰に手を当てて睥睨した。
「どうせ兄貴の奴、どっかの慈善団体に拾われでもしたんでしょ? そこで立派に独立して、家でも建てて、それじゃあ愛する妹を迎えに行こうか、とか? 十六の時に行き別れた妹を捜して感動の再会を果たす、なんていかにも暇な集団が喜びそうな喜劇だわ」
しっしっ、片手をと払う。
「そんな茶番に誰がつき合うって言うの? 馬鹿馬鹿しいったら仕方が無いわよ。兄貴がどう思っていようと、私の中で兄妹の縁はとっくに切れてるの。自己満足な兄妹愛は頭の中だけにしてほしいわ。執事さんもさっさと諦めて帰って」
「し、執事?」
……何だか、ものすごい想像力だ。
シオンは唖然と聞きながら思った。深刻な話のつもりが、一瞬で喜劇の一幕にすり替えられている。彼女の前に馳せ参じた自分をアレックスの執事だと断定している点も、芸が細かいと言うか何と言うか。
と、ふと気付づいた。むしろ今までの話に〝現実味〟が無さ過ぎたのか。
「あぁ、当然か。証拠も何も見せてないんだから」
「何ぶつぶつ呟いてるのよ」
アベルが腕組みして睨んで来る。
「証拠? そうね、証拠があれば信じていいわ。例えばあんたが、あの偉大な科学者の血を引いてる預言者だ、なんてね」
ふふん、とアベルは馬鹿にしたように唇を上げた。
「千年前から歳も取らない、半分神話の一族になり済ますんだったら、もう少しそれっぽい格好したほうがいいわよ」
「そ、それっぽい格好?」
「そう。神様っぽいひらひらしたローブとか、逆にすっごい王様っぽい鎧とか?」
そんな格好のきょうだいは一人もいないよ、とシオンは心の中で突っ込んだ。
「とにかくその、シャツにベストなんてコーデはあり得ないわ。胸ポケには懐中時計も入ってるんでしょ? 中世クラシック趣味の執事にしか見えないわ」
作業着姿で文句をつけるアベル。シオンは「はぁ」と曖昧に頷き返した。
「そうだ、今何時なの? そろそろシャワー浴びて買い出しにいかないと。いつものお店が閉まっちゃうわ」
「え? いつものって、ここには不時着したんじゃないの?」
「そうよ。でも七日もあれば行きつけのベーカリーくらいできるわ。レーズンぎっしりのバゲットが美味しいのよ」
七日。
その数字がシオンの中で重く響いた。
「……七日……」
今日からさかのぼって七日前。アベルがここに不時着したのはちょうど、第五聖地の御芯体が最後の眠りについたその日だ。
終末昏睡。
死を控えた御芯体がその資格を次なる人へと継ぐまで、自らの命を保つためにつく眠り。淡い夢があるとされるその眠りの向こうには己の死しか存在しない。昏睡から目覚めた時、終焉のエピローグは始まり、継代の儀式を終えると共に命は潰える。
彼にその眠りを施したのが七日前。この手で彼の命を、戻る道の無い場所にまで進めたのだ。
ぐっと拳を握ったシオンを、アベルは怪訝な顔で窺った。
「……どうしたのよ。いきなり真剣な顔しちゃって」
「あっ……いや、別に」
「急にだんまりしないでよね。早く時間教えてちょうだい」
胸ポケットへと手を伸ばして来る。シオンは反射的に身を引いた。
「ま、待って。この時計は違うんだ」
「何よ。いくら私でも時計くらい見れるわよ」
カチンと来たのか、懐中時計をもぎ取ろうとする。シオンは慌てて彼女の手をすり抜けた。
その時だった。
ガンガンガン!
大きな音がポッドの中に響き、ビクっと二人は身をすくめた。