エピローグ ⅱ
細長い扉をくぐり、出てきたのはメイド服の少女だった。
「あーっ!」
アベルが少女を指差して叫ぶ。ビクっ、と少女――エマは身をすくめた。
しかしエマは、ひとまずアベルを置いて扉へと手を差し伸べた。
その手を取りながら、上品なワンピース姿の女性が姿を現した。
「奥さま、お足元にお気を付け下さい」
「ええ、大丈夫よ」
やわらかな声音で返しながら、彼女は地面へと降り立った。優雅な仕草で髪をかき上げ、そしてこちらに向かってにこりと微笑んだ。
「第二聖地の奥方は、もう具合はええんか?」
「御心配は無用よ。あなたと同じ、不死の預言者ですもの」
答えた彼女の様子は、チューブの網に縛られていた時が嘘のようだった。シオンは驚くと同時にほっとしながら、エリーシャに笑い返した。
アベルがリゼッタに耳打ちする。
「あのマダム、だれ?」
「第二聖地の預言者エリーシャよ。酷い状態で幽閉されていたらしいけれど、元気そうでよかったわ。テッドに次ぐ至高圏の古参だけれど、この人よりも遥かに常識人よ」
ほー、とアベルはエリーシャを眺めた。漏れ聞いたテッドが「ひどいわー」と嘆く。
エリーシャはアベルに気づくと、目を細めた。
「初めまして、新しい第五聖地の御芯体アベル。私が至らなかったせいで、第二聖地が原因の騒動に巻きこんでしまって申し訳ないわ」
そのまま、まなじりを下げる。アベルは恐縮したように首を振った。
「あなたが無事に御芯体を継げて、本当によかったわ。新しい私のパートナー共々よろしくね」
エリーシャの手がエマの肩を優しく撫でた。アベルがはっと思い出した。
「エマ! あんたよくもハメてくれたわね!」
嫌な予感の的中とばかりにエマが「ひぃ」と身を引く。アベルはエマを捕まえるべく、呆気に取られているリゼッタを置いて駆け出した。
バキっ、とアベルの足の下で何かが割れた。
「あっ」
リゼッタが見た先には、アベルに踏まれて割れたアレックスの墓標が横たわっていた。しかしアベルは全く気付かず、エリーシャの影に隠れようとするエマを追いかけ回していた。
「エマ! あんた初めっから出し抜く気だったんでしょ!」
「もっ、申し訳ございません~」
「おかげで一時はどうなる事かと思ったわよ!」
エリーシャの周りをぐるぐる回る少女二人。そして「仲良しねぇ」とにこにこするエリーシャ。シオンは半分笑い、半分呆れてこの奇妙な光景を眺めていた。
「ああしとると、どっちも御芯体には見えへんなぁ」
隣でテッドが苦笑する。シオンはその意見に深く同意した。
そして、
「五人目の協力者はエマだね。むしろ彼女に第二聖地の御芯体を継がせるために、君は色んな人を巻き込んで、こんなに派手でややこしい作戦を立てたんだ」
「人聞き悪い事言わんといてーな。ややこしい事情やったから、手ぇ打つ方法もそれだけややこしくなっただけや」
言い、そして不意に悪戯っぽく笑った。
「せやけど、上出来やったんと違う?」
満足げに尋ねる声。
「やっぱり、君はそこそこ楽しんでたんじゃないか」
「つまらん悲劇に堕ちた世界や。一瞬派手にペンキ塗ったっても罰は当たらへんよ」
悪びれる風も無く、テッドは笑った。
シオンは呆れてため息をついた。
結局今回の件も、彼の父に対するささやかな仕返しの一つだったようだ。突飛な思想に躍らされている自分は一体何なんだ、と心底やるせない気分になる。
そこへリゼッタが発した。
「一つ気になる事が残っているの。答えてもらえるかしら」
通りの良い声が皆の耳を引く。騒いでいるアベルとエマもピタリと動きを止めた。
「何や?」
「レスターが導こうとした、三つの聖地の連動。彼は強大な力が手に入ると思っていたけれど、本当はどんな効果があるの?」
シオンは第二聖地の屋敷に掛かっていた絵画を思い出した。一・二・五の数字を記した陸地が描く三角形。特殊な立体構造が紡ぎ出すエネルギーは一体何を導くのか。
「共鳴構造ね。お父様もいろいろと楽しい細工を組み込んでくれたわ」
エリーシャが臆した様子も無く笑った。まるで余興の一つという雰囲気だった。
一方、ノアの呈した共鳴構造論をほとんど忘れてしまっているシオンは、この構造が何を導くのかもさっぱり思い出せなかった。
「ほんなら、やってみよか」
「えっ、大丈夫なの?」
慌てるシオンをよそに、テッドは少女たちを集めた。
「気ぃつけてやれば心配いらへん。滅多にあらへん機会やからお前もよーく見ときや」
三人の御芯体が円を描く。
「ええか、嬢ちゃんら。己の聖地をな、ほんの三度、上にずらしてみ」
「さ……三度って?」
戸惑うアベル。エマも「えっ、えっ」と周りを見回した。
「難しい事はあらへん。目ぇつぶって、祈るんや。三度上がれ言うたら聖地はちゃーんと答えてくれるで。ほな、いちにいさん、でいくで」
慌てて目を閉じるアベル。リゼッタとエマも続いた。
エリーシャも遊びに乗るように目を閉じた。テッドは楽しそうに皆を見回し、そして最後に目が合ったシオンを無言で促す。シオンは迷ったが、示されるままに目を閉じた。
「ほな、いくで――いち、にぃ、さん」
ふわりと、足元がほんの僅か、動いた気がした。
瞼の闇の中で、シオンは何が起こるのかとドキドキしながら待った。
頬に冷たい何かが触れた。
「ぁ……」
目を開け、天を仰いだ。




