Ⅳ ⅹⅶ
シオンはとっさに、アベルの頭を胸にかき抱いた。
ぐんぐんと迫る聖堂の屋根。何で第五聖地がここに。そんな疑問を抱く暇も無かった。
斥力相殺は間に合わない。シオンは両目をぎゅっとつむった。
稲妻のような勢いでステンドグラスを突き破った。
騒音を立てて色ガラスが砕け散る。連打する鐘のような伴奏を引き連れ、シオンは聖堂の床に衝突した。肩の骨が砕けた衝撃が足の先まで突き抜けた。
しかし腕の中の少女を離しはしなかった。アベルを抱いたまま、シオンの体は大理石の床を滑った。途中、数度バウンドし、強烈な痛みが意識に霞みをかけた。
がっ、ざざっ
鈍い音を引き、ようやく体が止まった。
ふさり、とアベルのドレスが床に広がった。
「……ん……ぅ」
アベルが、唇から呻きを漏らした。
床に両手をつき、緩慢に上半身を起こす。体の上に乗っていた重みが、衣擦れの音を立ててずるりと落ちた。
「……いた……どうなったの」
床に立てた膝にピリっと痛みが走った。
「つっ」
顔をしかめる。刃物を踏んだような痛みだった。
痛みをこらえ、ゆっくりと目を開いた。
自分の下には、一人の少年が横たわっていた。
アベルは彼のさまに息を呑んだ。彼の両腕が自分をかばっていた事は明らかだった。下になった右肩は骨が砕け、酷い方向へと捻じれている。その瞬間に走り抜けた激痛は想像もできなかった。
そして彼の全身は、無数の裂傷に覆われていた。鋭利な傷から鮮血が溢れ出し、ズタズタに切れたシャツを重たく染めていた。
「……シオン」
彼を切り刻んだナイフの破片は、引きずられた軌道の上に散乱していた。砕け散った色ガラス。薄い闇の中では全てが沈んだ無色に見えた。
背後を見、そこからぐるりと視界を巡らせる。知らない場所だった。白っぽい石で出来た壁。回廊の中二階。そこから上を埋め尽くすステンドグラスの群れ。そして頭上は、太古の民が夢描いた天の姿のような、完璧な半球型の天井。
アベルは模造の天を見上げながら、その場に立ち上がった。
全てが薄闇に沈んでいた。満ちるべき色彩はモノクロの支配の中にあった。
しかし彼女は、無意識に呟いていた。
なんて、綺麗なの。
彼女の声に引かれるように、聖堂の一箇所に光が生じた。
拡散する明かりの方向へ、アベルは振り返った。
淡く輝く祭壇がそこにあった。
たった一つの明かりに照らされる祭壇。ステンドグラスから降り注ぐ陽の光も、鎖で吊られた見事な円形燭台の光も無い。
それでもこの光景は、確実にまばゆかった。
光の中央には、青年が立っていた。
金色の棺を背に、まるで物語の王のような長いローブを羽織り、静かな面持ちで佇んでいた。
立ち姿は、装飾的な衣装に劣らないほど堂々としていた。
こんな姿の彼は、少女の記憶のどこにも存在しなかった。
「……あ……兄貴……」
アベルは震える声で呟いた。幻とさえ思えていた。
青年の唇が、吐息をついた。
「綺麗になったね、アベル」
彼は小さく微笑んだ。五年前の兄と同じ声だった。
瞬間、少女から溢れ出したのは、用意していた詰問ではなく熱い涙だった。
「っ、や……やだっ」
アベルは手の平で口を押さえ、目を逸らした。
そんな妹のさまを、アレックスはいつくしむように眺めた。
アベルの足元でシオンが身をよじらせた。
「……ぇ?」
目を覚ましたシオンは、おぼろげな半眼で辺りを見回した。
その時だった。
「!」
ほとんど反射で跳ね起き、ありったけの意思を放って空間を突き進んだ。
遅れてアベルが顔を上げた。
「えっ」
少女の吃驚を背に感じた。




