表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/60

Ⅳ ⅹⅶ

 シオンはとっさに、アベルの頭を胸にかき抱いた。

 ぐんぐんと迫る聖堂の屋根。何で第五聖地がここに。そんな疑問を抱く暇も無かった。

 斥力相殺は間に合わない。シオンは両目をぎゅっとつむった。

 稲妻のような勢いでステンドグラスを突き破った。

 騒音を立てて色ガラスが砕け散る。連打する鐘のような伴奏を引き連れ、シオンは聖堂の床に衝突した。肩の骨が砕けた衝撃が足の先まで突き抜けた。

 しかし腕の中の少女を離しはしなかった。アベルを抱いたまま、シオンの体は大理石の床を滑った。途中、数度バウンドし、強烈な痛みが意識に霞みをかけた。

 がっ、ざざっ

 鈍い音を引き、ようやく体が止まった。

 ふさり、とアベルのドレスが床に広がった。

「……ん……ぅ」

 アベルが、唇から呻きを漏らした。

 床に両手をつき、緩慢に上半身を起こす。体の上に乗っていた重みが、衣擦れの音を立ててずるりと落ちた。

「……いた……どうなったの」

 床に立てた膝にピリっと痛みが走った。

「つっ」

 顔をしかめる。刃物を踏んだような痛みだった。

 痛みをこらえ、ゆっくりと目を開いた。

 自分の下には、一人の少年が横たわっていた。

 アベルは彼のさまに息を呑んだ。彼の両腕が自分をかばっていた事は明らかだった。下になった右肩は骨が砕け、酷い方向へと捻じれている。その瞬間に走り抜けた激痛は想像もできなかった。

 そして彼の全身は、無数の裂傷に覆われていた。鋭利な傷から鮮血が溢れ出し、ズタズタに切れたシャツを重たく染めていた。

「……シオン」

 彼を切り刻んだナイフの破片は、引きずられた軌道の上に散乱していた。砕け散った色ガラス。薄い闇の中では全てが沈んだ無色に見えた。

 背後を見、そこからぐるりと視界を巡らせる。知らない場所だった。白っぽい石で出来た壁。回廊の中二階。そこから上を埋め尽くすステンドグラスの群れ。そして頭上は、太古の民が夢描いた天の姿のような、完璧な半球型の天井。

 アベルは模造の天を見上げながら、その場に立ち上がった。

 全てが薄闇に沈んでいた。満ちるべき色彩はモノクロの支配の中にあった。

 しかし彼女は、無意識に呟いていた。

 なんて、綺麗なの。

 彼女の声に引かれるように、聖堂の一箇所に光が生じた。

 拡散する明かりの方向へ、アベルは振り返った。

 淡く輝く祭壇がそこにあった。

 たった一つの明かりに照らされる祭壇。ステンドグラスから降り注ぐ陽の光も、鎖で吊られた見事な円形燭台の光も無い。

 それでもこの光景は、確実にまばゆかった。

 光の中央には、青年が立っていた。

 金色の棺を背に、まるで物語の王のような長いローブを羽織り、静かな面持ちで佇んでいた。

 立ち姿は、装飾的な衣装に劣らないほど堂々としていた。

 こんな姿の彼は、少女の記憶のどこにも存在しなかった。

「……あ……兄貴……」

 アベルは震える声で呟いた。幻とさえ思えていた。

 青年の唇が、吐息をついた。

「綺麗になったね、アベル」

 彼は小さく微笑んだ。五年前の兄と同じ声だった。

 瞬間、少女から溢れ出したのは、用意していた詰問ではなく熱い涙だった。

「っ、や……やだっ」

 アベルは手の平で口を押さえ、目を逸らした。

 そんな妹のさまを、アレックスはいつくしむように眺めた。

 アベルの足元でシオンが身をよじらせた。

「……ぇ?」

 目を覚ましたシオンは、おぼろげな半眼で辺りを見回した。

 その時だった。

「!」

 ほとんど反射で跳ね起き、ありったけの意思を放って空間を突き進んだ。

 遅れてアベルが顔を上げた。

「えっ」

 少女の吃驚を背に感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ