Ⅳ ⅹⅳ
「いった! ちょっと何なのよ!」
後ろ手に拘束され、アベルは男を睨みつけた。しかし男が突きつけた刃状物質を目にすると、瞬時に顔を強張らせた。
「……はは……! リゼッタ嬢、メインゲストの登場だ。奇しくも形勢逆転ですな」
レスターが笑った。先程の狼狽とはうって変わり、勝利を確信した顔でリゼッタを見た。
「変換機を下ろさざるをえませんね。これ以上抵抗するおつもりなら、こちらも容赦なくアベル嬢の首筋をかき切りますよ」
アベルを拘束する男が、彼女の首筋に刃の峰を押し付けた。アベルは蒼白な顔で刃を凝視した。
「な……何なの、これ」
「ちょっとした内輪もめですよ、アベル嬢。正式に至高圏に迎えられていないあなたには関係の無い事だ」
アベルの目がレスターを窺う。見下げるような男の顔に眉をひそめ、次いで助けを求めてリゼッタを向いた。
「リゼッ…………」
リゼッタは唇を噛んだ。
床に広がる惨事を目の当たりにしたアベルは、呼び声を放ちかけた唇のまま硬直した。見開いた目が、血液まみれの男たちの死体を凝視していた。
にやり、とレスターが笑んだ。
「リゼッタ嬢。あれほど私欲の排斥を謳ったのですから、あなたも部外者を巻き込めるはずはありませんよねぇ」
「……っ」
カツ、とレスターが一歩進んだ。
「待っていても、奇跡は起きませんよ。お嬢様たちを守る騎士の二人も、とうに私の手中に堕ちているのですから」
リゼッタの手から銃が滑り落ちた。銃身は裂けたドレスを伝い、かしゃりと床に落ちた。
アベルは唖然とその光景を見ていた。
「……何が……起きてるの……」
くくっ、とレスターが笑った。
「さあ、まずは第一聖地芯体の継代だ!」
男たちが一斉に武器を構えた。
芯体の継代。
その意味が瞬時にアベルの頭を突き抜けた。
「だっ、ダメぇえっ!」
アベルの叫びが夜空をつんざいた、その瞬間。
「きゃあっ!」
何の前触れも無く大地が振動した。
ガクンと傾いた足場。アベルは放り出され、ずさりと床をこすった。
「なっ、何だ!?」
レスターが吃驚しながら辺りを見回した。再び激しい震動が立ち、ふらついた拍子に壁にガツンと頭を打ちつけた。
「アベル! こっちへ!」
「リゼッタ!」
手招きするリゼッタの下へと駆ける。轟音を立てる地面の振動が体を激しく揺さぶった。
アベルはリゼッタの背後に滑り込んだ。
「なっ、何なの、この地震」
「どこかの聖地の干渉、としか分からないわ」
アベルを背に隠すと、リゼッタは立ち上がった。慌ててアベルも身を起こす。
「って言うか、内輪もめって何してたの!」
「馬鹿馬鹿しい密談よ。世界征服の企てを否定したら命を狙われたわ」
さらりと答えるリゼッタを、アベルは後ろから「ちゃんと説明してよ!」となじった。
「そっ、それにあの死体も……リゼッタが……?」
「ええ。殺されるつもりは毛頭無いもの」
彼女は既に、拾い上げた銃を手にしていた。
「人殺しだと罵る? 私は別に、そう思われても構わないわ。この手はとっくに人を殺しているんですもの。私はとうに殺人者の一人よ」
あちらを向いたまま言った。
「勝手に人を殺させられた上に、勝手に誰かに殺されて終わるなんて御免だわ。意思と理由とそうする価値が同調するなら、私はためらい無くこの変換機の引き金を引く。そう決めたのよ」
彼女が構えているのは、彼女をこの世界へと引き入れた預言者を殺すための変換機だった。
「……リゼッタ」
アベルは目前に立つ少女を見つめた。
銃を擡げた後姿。その向こうには武器を構える男たち。
命を失くした骸。
銃口の前に据える標的が彼で無くとも、彼女は価値ある行為のために引き金を引いた。
これが罪だとは思わなかった。
思えない以上に、アベルは思わなかった。屹然としたリゼッタの声音に、罪の音色はカケラも感じられなかった。
キン! と異音が鳴り響いた。
男の胸が破裂する。花火のように弾け散る血液。手から滑り落ちた武器と一緒に、男の骸が床に倒れた。
「く……この娘どもが!」
レスターが頭を押さえながら立ち上がった。
「殺せ! さっさと殺してしまえぇっ!」
男の喚きが空に響いた。
その刹那だった。
〝今や!〟
遥か上空で青年が高らかに発令した。




