Ⅳ ⅷ
目が捉えたのは、廊下に面した扉だった。
変だなと思って目を凝らすと、扉は完全に閉まっておらず、細いすき間を開けていた。
シオンは惹かれるように扉へと歩んだ。太い取っ手の下にはアナログな鍵穴が造られている。扉自体もひどく重そうで、まるで何かを閉じ込めておく部屋のように思えた。
取っ手を掴もうと手を伸ばし、直前で思い直す。伸ばした手を横に払い、静電引力で扉を開いた。
現れた部屋の中は、闇に覆い隠されていた。明かりは一切無い。廊下から漏れる光が、絨毯の床にシオンの影を描いていた。
この部屋には何かある。
今も感じ続ける異質な引力が、シオンにそう確信させていた。
徐々に目が慣れて来る。しかし見えるのは家具と窓枠の影だけだ。
高鳴る鼓動に急かされて、思い切って頭上のランプへと意識を放った。
ジッ、と音がして、ランプに明かりが灯った。
瞬間。
シオンは呼吸を忘れた。
朱みがかった光が部屋を照らし出す。電力を強制供給したせいか、放たれる灯影は危うげに揺れていた。
「……エリーシャ」
その下には、今まで存在を潜めていた、第二聖地の預言者エリーシャの姿があった。
緩くカールした長い髪。目を閉じていても優しげだと分かる顔立ち。ワンピースに包まれた背の高い体。
ベッドからこぼれ落ちた髪の毛先が、床をこすっていた。
同じくベッドから投げ出された細い腕には、無数のチューブが挿し込まれていた。
何だ、これは。
シオンは愕然と彼女を見た。
両腕だけに留まらず、細いチューブは両足、首筋、胸元からも伸びている。内側に血液と思われる赤黒い液体を満たした管の群れは、ベッドの横に据えられた巨大な機器へと繋がっていた。耳に響く自分の鼓動の背景には、この機器が駆動する機械音が聞こえていた。
管まみれにされたエリーシャの姿は、瀕死の患者などとうに通り越した、哀れな実験動物だった。
渾身の力で身をよじった後で力尽きたように、彼女は歪な姿勢でベッドに横たわっていた。
「え……エリーシャっ!」
シオンはベッドへと駆け寄った。
「誰にこんな風にされたんだっ。エリーシャ!」
彼女が返事をする代わりに、傍らの機器がゴウンと低い音を立てた。
シオンはそれをギッと睨みつけた。衝動的にエリーシャの腕にまとわりつくチューブを掴んでいたが、引き抜いてしまう前に思い留まった。
「……ぃ……」
微かな声が鼓膜を振るわせた。
「エリーシャ! 気付いたの!? エリーシャ!」
「しぉ……く……ん」
両の瞼が細く開いた。その隙間から、虚ろな瞳がシオンを仰ぎ見た。
シオンは必死に問うた。
「どうすれば助けられる? この機械を止めればいいの?」
「……っ」
再び彼女の瞼が閉じかかった。
「――っ! お願いだエリーシャ! 答えて!」
その時だった。
「いっ!」
首筋に鋭い痛みが走った。
とっさに振り返った瞬間。背後に立っていた男がシオンの頬を殴りつけた。




