Ⅳ ⅶ
非物理振動がシオンを襲った。はっ、と思わず絨毯を蹴る足を止めた。
やっぱり、来たんだ。
棺の周りに張っておいた異電場膜に何者かが干渉した。何も知らずに棺へと突き進んだ侵入者だ。
顔も知らない誰かは膜に触れた瞬間、即座に命を失ったはずだ。
侵入者が何人か、知る術は無い。
でも〝こちらで〟何か無い限り、不可視の防御壁は破られない。
シオンは荒くなりかける呼吸を押し込め、顔を上げた。静まり返ったベルベットの廊下が、締めつけるような圧迫感で瞳を迎えた。
複雑な屈曲を繰り返しながら続く廊下。低く落とされた照明が見通しを阻み、まるで迷路に迷い込んだような錯覚にとらわれる。
昔はこうじゃ無かったはずだ。廊下はもっと明るかったし、悪趣味な迷路のような造りでもなかった。点在する絵画も全く見覚えが無い。
サロンルームで優雅に会釈した御芯体の顔が思い浮かぶ。
レスター。何を企んでいるんだ。
そしてそのために……預言者のエリーシャにも手を下した?
ぎり、と奥歯を軋ませた。
「……」
息を吐き出す。勘ぐっても仕方がない。今はアベルを見つけ出さないと。
すぐに追いかけたつもりだった。しかし少女は既に、煙のように消えてしまっていた。途中にあったキッチンも覗いたが、忙しげに働くコックがいただけで、ドレスの少女はどこにも見当たらなかった。
とっくに、誰かの手に落ちているのかもしれない。
その最悪の想定を、シオンは首を振って散らした。この時点でレスターがアベルに手を掛ける理由は無い。仮契約を交わしたとは言え、第五聖地の御芯体はあくまでアレックスだ。――現にレスターの手の者は今、第五聖地で無謀な任務を果たそうとしている。
アベルはきっと見つかる。いや、見つけないといけない。
第五聖地の預言者として、次なる御芯体を必ず守ってみせる!
シオンは再び走り出した。
果てしないとさえ思えるベルベットの細道。方向感覚はとっくに狂わされている。最果てがどこにつながっているのか想像も出来ない。
そしてそこに何があるのかも。
「っ」
シオンは足を止めた。慣性力が、髪を前へと揺らがせた。
「はぁっ、はぁっ……はぁ」
肩を上下させながら、目の前に現れた景色を見つめた。
光満ちる空。
それは一枚の絵画だった。
青と白の入り混じった背景に浮かぶ、九つの陸の輪郭。象徴的に描かれた、この至高圏の縮図だった。
古びたキャンバスいっぱいに描かれた世界の一部。美術色の強い絵画だったが、シオンは奇妙な違和感を覚えた。
一・二・五・八・三・六・九・四・七
目茶苦茶な順序で聖地を辿った自分にはっとした。
狼狽と共に絵画を見回す。画上の聖地は現実と同じ配置で描かれている。
――色が違うんだ。
シオンはかじりつくように絵画を凝視した。
九つの聖地には、ほんのわずかなコントラストではあるが、異なる三つの色が被せられていた。
「……一・二・五。八・三・六。九・四・七……」
無意識に辿っていたのは、塗り分けられた三組の三角構造だった。
頭に澄んだ衝撃が走った。
浮かび上がったのは、遥か古に組み上げられた一つの理論だった。
「もしかして……この事件の真相は……」
突然、頬に微かな引力を感じた。
誰かいる。シオンは身構えて振り返った。




