Ⅳⅴ
「ねぇ! そこのメイドさん!」
え? とエマは振り返った。両手でドレスの裾を掴んで走って来る少女に気付き、ぎょっとする。純白の衣を纏った彼女は本日の主賓・アベル=リードだ。
「えっ、え!?」
空グラスを摘んだトレイを持ったまま立ちすくむ。
追いついたアベルは、はぁはぁ息を切らしながら、がしっとエマの肩を掴んだ。
「御芯体に興味ない?」
「はい!?」
唐突過ぎる問いに吃驚する。
目を白黒させるエマへ、アベルは食いかかる勢いで言い寄った。
「第五聖地の御芯体よ。もし兄貴が変なこと言ったら私は跡を継がないって決めてるの。そうなったらメイドさん、私の代わりに御芯体になってくれない?」
至近距離で、しかも物凄い勢いで問うアベル。エマは喉を突きかける悲鳴を押さえて問い返した。
「でっ、でも、お嬢様は御指名をお受けになられたのでは?」
「こんなに一方的な遺言無いわよ。今は兄貴の真意を知るために受けたフリしてんの!」
声を潜めて答えるアベル。
「とにかく深ーい事情があるの。話に乗ってくれるなら明かしてもいいわ」
「そそ、そう言われましても……私は……あの」
「いいじゃない! 人使いの荒い貴族のメイドより絶対ましよ。あのレスターとか言う人、客には善人面するけど使用人には威張り散らすクソ貴族なんでしょ!」
エマは顔を上げた。一度見ただけで見事に主人の人柄を当てた彼女を、驚いて眺めた。
アベルは好機とばかりに詰め寄った。
「私が兄貴の跡を継ぐことになっても、この屋敷に追い帰したりはしないわ。とにかく今はついて来てくれるだけでいいのよ。人助けだと思って、お願い!」
アベルはエマの肩を掴んだまま、勢いよく頭を下げた。淡色の髪が揺れ、エマの頬を撫でた。
「……」
エマは、少女の両手の指に浮かんだ傷跡に気が付いた。
幼い頃からレスターのメイドをしている自分の手にも、同じ傷が無数についていた。
「……分かりました」
一瞬の間の後、アベルがばっと顔を上げた。
「わたくしでよろしければ、お嬢様のご依頼、お引き受けいたします」
淡く、困ったように笑いながら、エマは答えた。
「あ……あっ、ありがとう! 一生感謝するわ!」
アベルの顔が歓喜に染まった。
「それじゃ、リゼッタに頼んで第五聖地に連れて行ってもらうわよ!」
早速エマの手を引きかけたアベル。エマは慌てて待ったをかけた。
「少々お待ちいただけますか。せめてこのグラスをキッチンに置いてきたいんです」
「真面目なメイドさんね。オーケー。それくらいなら待つわ」
「エマです。アベルお嬢様」
にこりとエマは微笑んだ。
「一旦サロンルームにお戻りになりますか?」
「ううん。せっかくシオンの目を盗めたんだもん。戻ってバレたらお終いよ」
「そうでしたら、わたくしとご一緒いただけますか?」
もちろん、とアベルは頷き、エマの片手からトレイをひょいっと取った。
「よろしくね、エマ」
屈託なく笑ったアベルへ、エマは一瞬意表を突かれたが、遅れて微笑みと共に頷いた。




