Ⅳ ⅳ
薄暗い明かりの中、ゲスト達がくぐった扉とは別の扉が開いた。
「皆さま、ようこそおいで下さいました」
丁寧な挨拶と共に、男性のシルエットが深々と頭を下げた。チェンリーが身を強張らせる気配がした。
影は背を起こすと、悠然とした足取りで壁際を歩み、大きな絵画の前に立った。そこが部屋の上座のようだ。
影が改めて姿勢を正すと同時、周囲のランプが一斉に灯った。
「改めまして、第二聖地芯体のレスターです。今宵は当地主催のナイトパーティにお集まりいただきありがとうございます。皆さま、ウェルカムドリンクはお楽しみいただいていますでしょうか」
黒の燕尾服に身を包んだ青年が、慣れ切った微笑みで述べた。
彼がレスター。
シオンは精一杯平静を装いながらも、唇が固く閉まるのは拒めなかった。
第五聖地の御芯体をめぐる事件の首謀者にして、この第二聖地の御芯体を務める青年。テッドが〝おっちゃん〟と呼んでいたから中年男性を想像していたが、外観の年齢はテッドとさほど変わらないように見えた。貴族出身だけはある洗練された振る舞いに、顔立ちも上々。ただ、どこか狡猾そうな雰囲気を覚えるのは先入観だろうか。
「ご確認させていただいた所、全員とまではいきませんでしたが、お集まりいただいた皆様だけでも、楽しいひと時をお過ごしただければ幸いです。ささやかではございますが、主催として精一杯おもてなしさせていただきます。お気づきの事は何なりとお申し付けください」
壁際で一斉に人影が頭を下げ、シオンはぎょっとした。彼に続いてぞろぞろ入って来た人々は、何かと思ったら使用人のようだった。
「さて本パーティの主賓でありますアベル=リード嬢にもご出席いただいていますようで、主催としては歓喜の極みです」
すっとレスターがアベルへと身を向けた。彼女の純白のドレスは薄暗い部屋の中でもはっきりと見える。レスターと目が合ったアベルはあからさまにビクついた。
「アベル嬢、至高圏の一同を代表してご挨拶いたします。お会いできて光栄です」
「……は……はあ」
アベルがうろたえながら頷く。そして「アベル嬢からは後ほど御挨拶を頂きましょう」と言われた瞬間、「えぇ!?」と吃驚した。
と、
「……ほんならな、シオン。一つ言うとくけど、ここのモン、どれも食べたらアカンで」
耳の中に忠告が響いた。
え、と振り向いたそこに、彼の姿は無かった。
「それでは皆さま、まずはご歓談をお楽しみ下さいませ」
レスターの一礼と共に、部屋に再び明かりが灯る。シオンは思わず目を細めた。
後ろに立っていた青年はやはり、煙のように姿を消していた。
「シオン兄さんっ! 僕は期待していたんですよ!」
「え、ふ、フレッド!?」
「チェンリーから女の子って聞いて期待したのに! 僕の淡いときめきを返して下さいっ」
「ときめきって、フレッド。柄でもなく何言ってるんだよ」
妙な言いがかりで向かってくる彼の手には、空のカクテルグラスがあった。
「少年、飲み過ぎだよー。それにね、君、女性に幻想抱きすぎだって」
ジャックがグラスを取り上げると、フレッドは「親バカには言われたくないですね!」と彼に食いかかっていた。
「……」
シオンはウェルカムドリンクやフードが並んだテーブルの上を窺った。予め用意されていたグラスは、いつの間にかほとんど空になっていた。
同じく壇上のレスターもそれを見つけたのだろう。
「ドリンクが切れているぞ。エマ! 早く補充したまえ」
名指しされた眼鏡のメイドが「はっ、はい!」と飛び上がる。彼女はわたわたと空グラスを回収すると、今度はトレイを両手によたよた頼りない足取りで扉へ進んだ。
レスターは再び笑顔になると「それでは後ほど」と頭を下げ、部屋を出て行ってしまった。彼に続いてメイドの少女が扉をくぐる。そのまま去りかけた所で彼女は、気付いたようにひじで扉を閉めた。
「人を顎で使うヨ。やっぱり好きじゃないネ」
同じくメイドを見守っていたチェンリーが呟く。
「そうだね。……ところで、それってお酒なの?」
「ん? 私のは違うヨ。異郷のお酒はあまり好きじゃないネ。お茶ヨ」
ソフトドリンクもあったのか、と頷きながら再度テーブルを見回した。
背後から使用人が近づいて来る気配がした。振り向くと、黒服の男はアベルとリゼッタの方へと歩んで行った。
「お嬢様、旦那さまがお話をされたいと言う事です」
声を掛けられたのはリゼッタだった。
「……どういう事?」
「申し上げました通りにございます」
使用人は微笑みながら、やんわりと威圧した。
リゼッタはしばらく彼と睨み合うと、
「ごめんなさい、アベル。少し外すわ」
「えぇ、一緒に挨拶考えてよー……」
「さっきみたいな言葉でいいのよ。それに主催者以外とは充分に打ち解けているわ」
縋るように見てくるアベルをさらりとかわし、リゼッタは小さく手を振って使用人の後に続いた。アベルは不満げな顔でその背を見送り、途方に暮れたように頭を垂れた。
――にやり、と彼女が唇を歪めた所まで、シオンは見ていなかった。
レスターさんがリゼッタに? アベルの方じゃなくて?
シオンの注意は、連れて行かれたリゼッタの方へと移っていた。彼女が通されたのはサロンルームのバルコニーのようだ。そこにレスターがいるのかと窺ったが、人影は見つけきれなかった。複雑な造りの建物だ。バルコニーも別の場所と繋がっているのかもしれなかった。
「兄さん、シオン兄さんってば! 聞いているんですか!?」
「えっ、な、何だっけ」
「二人っきりで何を話すつもりなんでしょうかって事ですよ! 歩く有刺鉄線のテッド兄さんがいない隙に口説こうって魂胆、僕が許さないぞ!」
「それ、ソニアが聞いたら怒るんじゃないのぉ?」
ビクぅ! とフレッドがすくみ上がる。第六聖地の御芯体の名を出したマレイアは、フレッドの期待通りの反応に遠慮なく爆笑した。
「せーしゅんっ、なり!」
慰めなのか煽っているのか、万歳して笑うアマーリエ。
「みんな自由ネ。フレッド兄サマも完璧お酒に呑まれてるヨ」
横で嘆息するチェンリー。勝手に盛り上がっている彼らをよそ目に一人冷静だ。
「でも、いいネ? シオン兄サマ」
「え?」
「アベル、一人で出て行っちゃったヨ」
指差す先はメイドが出て行った扉だった。
ばっ、とシオンは振り返った。
「マレイア! アベルはどこに行ったの!?」
彼女たちはきょとんと目を瞬いた。
「アベルちゃーん。お手あらーいだって!」
アマーリエがにこにこ笑って答えた。
「……ひ、一人で行かせたの?」
「大丈夫よぉ。さっきのメイドに追いついて場所聞くって言ってたから」
やられた。言い残したのは絶対に口実だ。
「シオン兄サマ?」
「ごめん、アベルを一人にしたらロクな事がないから追いかけるよ!」
言い終わらないうちにシオンは駆け出した。絨毯に足を取られかけながら扉へ走り、体当たりする勢いで廊下へと出る。
バタン、と扉が閉じられた。
「……あの子、そんなに問題児なの?」
サロンルームに残された何も知らない面々が、そろって首を傾げた。
そして壁際の使用人が腕時計に向かってボソボソと呟いた事には、誰も気づかなかった。




