Ⅳ ⅱ
途端、耳慣れた声の渦に包まれた。
「おっ、真打さんの登場だよー」
「ホントだシオンちゃんだー。元気ー?」
背の高い男と、彼に抱きかかえられた幼女が、シオンを見つけて楽しそうに言った。
「なーんだ、シオンだけなの? 新しい御芯体はどうしたのよ」
続いてきわどいドレス姿の艶女が問うてくる。
シオンは部屋をぐるりと見回し、感心した。
「みんな、もう来てたんだ……早いね」
サロンルームには早くも、好みのドリンクを手にした五人のゲスト達が待ち構えていた。
「でも、これ以上は集まりそうにない……かな」
部屋の面々を見て思う。いるのは第三・六・七・八聖地の預言者と、第三聖地の御芯体。パーティに招かれたのは実に十六人だが、それぞれの性格を考えれば、集まりそうな面々はこのくらいだ。
「私のトコも行かないて言ったヨ。御芯体は宴より聖地が大事て、私だけよこしたネ」
チェンリーが駆け寄って来る。確かに、御芯体がむやみに聖地を離れるのはご法度だ。ただし一晩や二晩なら問題ない。現に第三聖地の御芯体は出席している。
「フォンロンは考えすぎなんだよ。なぁ、アマーリエ」
「ねー」
顔を見合わせて笑い合う彼らが第三聖地コンビ。預言者ジャックと御芯体アマーリエだ。アマーリエはまだ五歳だから、聖地に一人残しておく方が心配だ。
「あんたたちはどう見たって子連れ参加よ。パパ、オコチャマにナイトパーティは早いんじゃないのぉ?」
カクテルグラスを片手になじる彼女は第七聖地の預言者マレイア。六百年維持している魅惑のスタイルが、ぴったりした黒いドレスで更に強調されている。
「いやぁ、俺もそう思ったんだけどさぁ。アマーリエが連れて行ってってねだるから負けちゃったよ」
親馬鹿にしか聞こえないセリフだ。
彼の腕の中でアマーリエが「降りる」と言う。
「ねぇシオンちゃん。新しいお友だちは?」
よそ行きの格好の幼女が期待のまなざしで問うてくる。
「そうよぉ。てっきり会えると思ってたのに」
マレイアも不満そうに腕を組む。
「いや、ちゃんと来る予定だよ。絶対来るって言ってたから」
そう答えたが、シオン自身は別の不安を覚えていた。
イマイチ乗り気でなかったアベルが、リゼッタとのお茶を経たら急に気分を変えていた。パーティの楽しさでも教えられたのだろうか。それとも……何かを企んでいる?
おまけに、成り行きでアベルとは現地集合になってしまった。「女の子は準備があるの。私も行くから心配しないで」と言うリゼッタには逆らえなかったし、彼女と一緒なら確かに心配はいらないだろう。
そして、『ほんなら、みんな楽しみに待っとるで』の一言。
聖堂のバルコニーで、テッドは誰にとなくそう呟いた。すき間なく閉ざされてしまったカーテンと対峙しながら、彼が浮かべていた笑みは明らかにいつもと違った。
まるで、開幕を確信したような――
「でも、悠長にパーティなんかに出ている暇は無いんじゃないですか? シオン兄さん」
シオンはかけられた声の方を向いた。同い年くらいの少年が眼鏡を押し上げながら詰問してくる。
「兄さんの新しい御芯体はまだ仮契約の状態なんでしょう? 歓迎パーティの前に、きちんと継代まで終えておくのが筋じゃないですか」
極めて冷静な質問だ。
シオンが答えを詰まらせていると、マレイアが不意打ちで少年を背後から羽交い締めにした。
「うわっ、まっ、マレイア姉さん!」
「なーんて言いながら、あんたも御芯体見に来てんじゃない」
「僕は別にっ。それより、はっ、放して下さいっ!」
彼女の胸の間で頬を真っ赤に染めながらばたつく。
「あははは! 情けないなー、フレッド少年」
「マレイアちゃん、アマーリエもやるー」
「いいわよぉ。あ、パパは来ないでねぇ」
ぽいとフレッドを捨てるマレイア。フレッドは第六聖地預言者の威厳を完璧に奪われた顔のまま、よろよろと床に倒れ込んだ。
「大丈夫カ? フレッド兄サマ」
「……女なんて嫌いだ……」
「私も女ヨ」
しゃがんで彼を窺ったチェンリーが呆れる。シオンも、どこまでも自由な彼らを前に一瞬、失ってはいけない緊張感まで手放してしまいそうになっていた。
と、
「何や、えらい賑わっとんなぁ」
すぐ背後で声がした。
ばっ、とシオンは振り向いた。
いつの間にかすぐ後ろには、テッドが腕組みをして佇んでいた。
「いっ、いつの間に来てたの。って言うかどこから入って来た?」
「リゼッタから招待状もらいそびれててん。面倒やしそこから邪魔さしてもらったんや」
親指で指した先はサロンルームの壁だった。
「君もパーティに出るつもりだったの? てっきり来ないかと思ってたよ」
「俺は初めっから来るつもりやったで? 嬢ちゃんの晴れ姿拝んどこ思てな」
テッドは平然と答えた。
そこへ「兄サマ」「兄さん」とチェンリーとフレッドが声をかけた。
「二人ともえらい久しぶりやなぁ。相変わらずいじられとんな、フレッド」
テッドはにこやかに言い放つ。一瞬フレッドは固まりかけたが、
「あの、兄さんが来たって事は……その、リゼッタさんも来るんですか?」
「何や? 会いたかったん?」
「いっいえ! 別に深い意味は無いんです!」
両手を突き出して、首と共にぶんぶんと振る。
その仕草をテッドは余裕たっぷりの顔で眺めた。
「来る言うてたで」
「本当ですか!」
ぱっ、とフレッドが顔を上げる。眼鏡の向こう側の目がいつにないくらい輝いている。
「何だか不毛ネ。フレッド兄サマ」
「え? 何で?」
呟いたチェンリーにシオンは首を傾げる。少女は軽くため息をつくと、「何でもないヨ」と首を振った。
その時、シオンはごく小さな磁場干渉の波を感じた。小型のポッドのものだ。波動の向きから、一台のポッドがこの陸にやって来たようだ。
「着いたようやな」
シオンの様子を見、テッドも同じ事を考えたらしい。
軽い鼓動を感じながら、シオンはサロンルームの扉を見た。
「……」
現在、アレックスの棺の周りには電位撹乱の膜を張っている。何者かが触れれば、即座に生体電位をかき乱す電流が流れるようになっている。遠隔のトラップだが、常に意識を送っていれば勝手に消える事は無い。
別の陸にいるけれど、彼の命は守って見せる。
シオンは満を持して第二聖地への滞在を選択していた。事件の傍観を決め、表面の平静を取り繕うために、招かれるままパーティへと出席した。
敵地のど真ん中。そこで少女を守り抜こうと決めた。
パーティが終わったら、アベルを連れて第五聖地に帰ろう。その頃にはきっと――全てが終わっているはずだから。
ちらりと、隣に立つ青年を見た。彼はいつも通りの、何もかも見透かしているような顔で扉を眺めていた。
小さな音を立てて、扉が開かれた。




