Ⅲ ⅴ
上質な厚紙の上には、本日の日付と時刻。ちょうど宵の入りの時間帯だった。
「パーティは今日の夜から。こんな所でいつまでも時間を潰してたら……」
「あんたが〝こんな所〟に置いていったんでしょ」
ズバっと痛い所を突かれる。思わずシオンは後ずさった。
「そ、そうだけど、それとこれとは……とにかく一度、第五聖地に来てくれない?」
「イヤ」
きっぱりと断られる。
「あんたと仮契約ってのを結んだけれど、私はまだ、兄貴とは会いたくないの」
そっぽを向いて言い切る。
「教えたでしょ? 私は兄貴を許してない。あんな別れ方をしたんだもん、いくら周りが急いたって、五年の感情をたった一晩で白紙に出来るわけがないわ」
そう言い、瞳を地面に向けた。
拒絶的な言葉に比べると、瞳に浮かんだ色はどこか淋しげに見えた。
「……じゃあ、地界に戻せって言うの?」
シオンはためらいがちに尋ねた。
「……」
幾ばくかの空白が流れた。
地界の陸を遥か下に見るこの場所に、雑然とした騒音は皆無だった。僅かな風に吹かれた砂塵が、細かなビーズをこするような音を立てる。そんな微音が風と共に、無言の空気の中を通り過ぎた。
「――――至高圏に行くわ」
唐突に破られた静寂に、シオンは易々と意表を突かれた。
「えっ、ほ、本当に!?」
遅れて歓喜が上がって来る。
しかし、
「ただし行くのは第一聖地よ」
瞬時にシオンは固まった。
アベルがこれ見よがしにテッドのジャケットを持ち上げた。
「これを返しに行くの。ついでにパーティまでの時間、そこで待たせてもらいましょうよ」
「そっ、そんな。しかもよりによって第一聖地に」
「いいじゃない。それにシオン、あんたは私の下僕なんでしょ?」
「――――はっ?」
シオンは目を丸くした。
「あの人が言ってたの。シオンはあんたの下僕やで、って。だったら言う通りにして。あんたが仮契約を武器にするなら、私だって言う事聞いてもらって当然だわ」
びしっ、と人差し指を突きつける。
いつの間になんて事を教え込んでるんだ!
シオンの中でテッドへの抗議が炸裂した。預言者が御芯体の下僕だなんて、それは君がリゼッタに散々使ってる口説き文句じゃないか!
「ぶつぶつ文句言わないでよ。下僕なんでしょ? げ・ぼ・く!」
「違うって! 預言者は御芯体を全力で守るけど、下僕とか……そんな主従関係はみたいなものは無いんだから!」
「へーえ? 言い逃れじゃないの?」
アベルは腕を組んでシオンを睥睨した。
「本当だよ! そんなだったら僕は五百年も預言者を続けられて無い!」
アベルは見下すような顔のままだったが「ふーん」と小さく頷いた。
しかし腕をほどくと、
「それなら慰謝料よ。孤島に一晩放置された慰謝料、これで払ってもらおうじゃないの」
腰に手を当てて言い放った。
「いいでしょ? 私を守るはずの預言者さん?」
首を傾げる少女を、シオンは呆然と眺めていた。




